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2020年度 受賞作品

「とりあえずHPエピソード大賞2020」に
多数のご応募をいただき
誠にありがとうございました。

中小企業や個人事業主の皆さまをサポートさせていただくために生まれた簡単ホームページ作成ツール「とりあえずHP」が、ユーザーの皆さまに感謝を込めて開催する「とりあえずHPエピソード大賞」。2020年度は皆様に『あなたの“がんばり”エピソード』をテーマにしたエピソードをご応募いただきました。大変すばらしいエピソードを多数お寄せいただき、審査員・スタッフ一同、心を熱くいたしました。誠にありがとうございました。

最終審査の結果、グランプリ、準グランプリ、審査員特別賞、新たな賞として、とりあえずHP賞を選出させていただきました。賞を受賞されたエピソードを以下に発表させていただきます!また、今回は惜しくも受賞に至らなかった作品も、全文公開いたします!

皆さまの日ごろの「がんばり」を「栄誉」に変え、また、そのエピソードが同じようにさまざまな事業を営まれている方にとっての原動力になれば幸いです。

グランプリ[大賞]

たこ焼きとだがしのお店つじや 添田友子様

作品タイトル:地域の子どもは社会のたから
すべての子どもは明日へのひかり

2015年、私は母の小さな店を継ぐ決心をしました。40年前、母が女手一つで4人の子どもを育てるために始めた店。地域の皆さんや子ども達に愛され続けてきた駄菓子屋「つじや」。

その店を母が閉めたのは、足を骨折し長い入院をしたからでした。退院しても店を続けることは難しく、母は店をたたむことを決心しました。私は、少しずつ片づけるために何度か店に足を運びました。するとそのたび、子ども達や地域の方が「おばちゃんは?」「大丈夫?」「お店開けてほしいな」と声をかけてくれたのです。

こんな古い駄菓子屋はもう時代に合わないし、ニーズもないだろう。私はそう考えていたので、皆様の温かい声に驚き、母や店を愛して下さったお客様に感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。いつの間にか、私がこの店に魅了され、続けたい!残したい!と思うようになりました。もちろん母も一緒に。

私は、小学校教員を15年間勤めました。娘を持つ母親でもあります。勤めた学校区や住んでいる校区では地域の方の子ども達への温かい関わりに支えられました。子どものより良い成長を育むためには、学校や家庭だけでなく、地域の皆さんの力がとても大切です。

今の子ども達は様々な悩みや課題を抱えています。親や教師ではない大人だからこそできる何かがある、子ども達が悩んだり困った時にふと立ち寄ることが出来るところは一つでも多いほうがよい。そんな思いから、今度は私も駄菓子屋のおばちゃんとして、地域の教育力のお役に立ちたいと思うようになったのです。

実際、つじやには子ども達の笑顔があふれています。駄菓子を前にすると、こうも心が開放されるのかと驚くことがあります。駄菓子をきらきらした目で選ぶ子ども達に「野球の練習終わった?」「君のお父さん、よく知ってるよ」「暗くなる前に早くお帰り」と話しかけると嬉しそうに答えてくれる子ども達。学校の教師が大事にしている教育相談、生徒指導の実際がまさにここにあるのです。駄菓子屋は、子ども達と地域の大人をつなぐ一つの手段やきっかけになり得る、そう信じて毎日子ども達と楽しく過ごしています。

2018年、私は7歳だった娘を白血病で亡くしました。しばらくは、誰とも会いたくない、何もしたくない私でしたが、闘病中いつも娘が言っていた言葉「人の役に立ちたい」が、私を突き動かしてくれました。娘は亡くなる1週間前まで、小児がんの子ども達の支援活動「レモネードスタンド」をしていました。闘病の長かった娘は、誰かの役に立つことを自分の一番の喜びだと思っていました。闘病中の子ども達は長い入院を余儀なくされます。外にも出られず、家族にも会えません。そんな子ども達の役に立てたら…。

毎日のように目を輝かせて「つじや」に通って来る元気な子ども達を見て、駄菓子や子ども達が集まる場所には病気の子ども達も元気にさせるパワーがあるのではないかと考えるようになりました。娘の想いをつなぎたいと小児がん支援を行ってきましたが、その支援活動はこのつじやでもできるのではないかと考えたのです。

現在、つじやでは、子ども達のおこづかいからの募金活動、レモネードスタンド、入院中に喜ばれるおもちゃ、入院用ハンドメイド品の販売など、闘病中の子ども達でもワクワクできることをと様々な取り組みをしています。病棟や自宅から出られない子ども達とお店をオンラインでつないで大人気のくじ引きをしたり、駄菓子を自分で選ぶといった「リモート駄菓子屋」も企画中です。地域の子ども達も小児がんの子ども達へ想いを寄せてくれています。

子ども達の笑顔は明日への光。その笑顔を絶やさぬよう、これからも「つじや」は、すべての子ども達がワクワクする仕掛けと居場所づくりをチャレンジし続けていきたいです。

審査員コメント

「地域の子どもは社会のたから すべての子どもは明日へのひかり」
いいリズムの、いい言葉。素敵な呪文のようで、みんなで唱えたらそれだけで世界が良くなるような気がします。
エピソードを読んでいて、様々な目線の沢山のシーンがイメージできました。人生の中で、様々なご苦労や悲しみを体験されてきたかと思いますが、ご家族や子どもたち、地域の方、沢山のつながりによって「頑張ろう」と立ち上がる姿に、大変勇気をもらいました。
ホームページのお写真を拝見して、子どもたちの笑顔でリラックスした様子に、子どもたちが安心してあつまれる場所の大切さを感じました。都内には、少ないかもしれません。企画中のリモート駄菓子屋がどんなふうに発展していくか、とても楽しみです。
つじやさんのあたたかい愛が、世界中のどこにいても伝わるようになったら、素敵ですね。

審査員:島田 由香

昔からある駄菓子屋さん。大人になると駄菓子屋さんを続けることの難しさがわかりますが、エピソードを読んで、まず心から「こんなに楽しそうな駄菓子屋をやってみたい!」と思いました。
子どもたちや地域の方とのコミュニケーションの様子が具体的に書かれていて、つじやに通う元気な子どもたちの笑顔が想像できました。地域に一軒、つじやのような温かい「みんなの居場所」があることの大切さを改めて感じます。
また、ホームページがあることによって「現代の駄菓子屋」という感じがします。そして今、「リモート駄菓子屋」など、楽しい未来の駄菓子屋を企画して、これからも子どもたちの居場所であり続けようとする姿勢が素晴らしいです。突出して心動かされたエピソードでした。

審査員:磯木 淳寛

受賞者コメント

この度は大変素晴らしい賞をいただきありがとうございます。一報を受けたときは、信じられない思いでした。ですが、母から大切に受け継ぎ、地域の皆さんに愛され続けてきた店の新たな挑戦に、共感していただけたことを嬉しく思うと同時に、私が今やっていることは間違っていない、がんばりなさいと大きく背中を押していただいたような気持ちで大変励まされました。
母や家族をはじめ、お店の運営や小児がん支援にご協力いただいている仲間、いつも心を寄せて応援してくださるお客様や子どもたちなど、お店に関わる全ての方に感謝して、今後も皆さんの心がほっと安らぐような、笑顔あふれる居場所づくりや仕掛けづくりにチャレンジしていきたいと思います。

たこ焼きとだがしのお店つじや 添田友子様

準グランプリ

メディカルライフカンパニー 谷村幸彦様

作品タイトル:負けるな、諦めるな、新しい挑戦の幕開け

世界が未曾有の感染症に包まれた。日本の薬局からは、たちまちマスクが入手困難になり、困る人々が多くなった。感染しないために何をすればいいのか、人々はテレビやラジオの情報を集め、これからどうなって行くのか不安を抱える毎日になっていた。

私の会社は、看護・介護・家事代行を一遍に提供している会社だ。去年の四月に一本の電話をいただいた。「いつもお世話になっています。」その一言から電話は始まった。会員さんからの電話だった。「こんな世の中になっちゃって、外に出歩くのが大変で、自宅に閉じこもってばかりだからノイローゼになりそうで、運動もしたいけどできないし、買い物にも行けない。」本当に困っていると呟かれた。会員様の気持ちは、はかりしれないものだったに違いなかった。

電話をうけた当日、会員様のご自宅へ訪問し、自宅でできる体操をお伝えし、買い物の感染対策を行い看護師同伴の買い物を行い会員様は一言「ストレスが今日で軽減したわ。リスクがある中ありがとう。」と言うお言葉をいただいた。会社をやっていて、よかったと思う瞬間でもある。

事務所に帰ってきて、看護師に「今、これからこの感染症が増えていくかもしれない。この中で自分達ができる事はあるのだろうか?」と質問した。看護師が「今日みたいにお客様に教えた体操を地域の人々に提供できたら、なかなかですよね?まあ、無理ですけど。」とボソッとつぶやいた。自分はその言葉を聞いてピンときた。換気の良い体育館で体操教室を開いたらいいのではないか?思った事をどうしてもやりたくなるのが自分だ。ただ、この感染症の中、言うは易く行うは難しだ。6月・7月・8月と感染症の状況をみながら、体操教室を行うにあたり、会社の看護師と相談しながら、準備をすすめ、あっという間に時間はすぎた。準備を進めている間に、体操教室を行う上でキーマンが現れた。この人物をつれて、会社の看護師も同伴させ、自分の住む八王子の社会福祉協議会・地域包括相談センターに何度も相談や意見を聞きながら、この体操教室ができないか、自分の熱い思いを話した。市のイベントや色々の出来事が中止になっていて、逆に自宅でうずうずして、動かない人ばかりで、ご家族にも出るなと言われ、脳梗塞になった人もいたので、そう言う場所が欲しいと思っていたのは確かですが、と言う意見もあった。会社の名前をだして、看護師常駐の無料体操教室をやりますと地域包括センターの所長さんに自分は言い放ってしまった。

9月の第一回目の無料体操教室、万全に感染対策を行い開催した。参加者は1人だった。やっぱりダメなのか?と思った。この感染症の中では、やっても無意味なのか?自分は考えた。従業員の一人が「体操教室のことを知ってもらえれば、来てくれる人も、もっといるかもしれませんよ。」と。そこで、業務の空いている隙間をみつけ、道路許可書をとり、駅前でビラを配った。その成果もあってか、第2回は9人という人が来て下さり、第3回は前回来ていただいた人がお友達をつれてきてくださり、11人と人がだんだん増えてきたのだ。自分は代表という立場もあるが、今は体操の先生でもある。このような状況だから、この場所があると嬉しい、先生と会えるのが楽しみで、コロナの感染対策をしっかりして、体操教室をしてくれるのがありがたいと沢山の言葉をいただいている。まだ、先の見えない未来でも、人生100年時代と言われているこの時代に座ってできる体操を広めて、自宅でもできるブラジル体操をもっと広めていきたい。体操教室にいらっしゃる最高年齢は87歳の方がいらっしゃり、逆に自分が元気をもらっています。感染しないように、続けて行く大切さ。継続は力なり。これから先、自分の挑戦は続いて行きます。うつらない・移さないを合言葉にこの世の中のコロナ禍を乗り越えていきたい。

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審査員コメント

「介護支援+家事代行」サービスをされているメディカルライフカンパニーさん。
コロナ禍の会員さんとのやりとりにおいて、運動不足や外に出られないストレスで、体操教室のような集まって体を動かす機会が求められていると切に感じる機会が沢山あったのではないかと思います。
だからこそ、最初の参加者が1人でも、諦めずに工夫して行動しつづけることができたのではないでしょうか。まさにそれがタイトルの「負けるな、諦めるな」になっているのかな、と思います。
「介護支援 + 家事代行」というビジネスは、現代の高齢化社会にとてもフィットしたサービスですね。私が住んでいる地域にも、こういうサービスがあると助かる人が沢山いるな、と感じます。
ブラジル体操ってどんなものなのかも、とっても気になります!

審査員:磯木 淳寛

私は1mmでも、1度でも、何かを変えるために1歩踏み出して行動する方が大好きです。会員さんからの小さな一言を聞き流さず、「なにができるのか」真剣に考えて、アクションを繰り返されているところが素晴らしい。
ご自身の中に生まれた「コロナ禍で自分たちができることはなにか?」という問いを、一緒に働いている方にシェアして、気づきを得ているところも素敵だなと感じました。
そして、行動力と諦めない姿勢。業務のあいている隙間を見つけて、道路許可証をとるまでするパッション。こういう想いと行動力のあるリーダーがいる場所って、すごく発展すると思います。
コロナとはまだ付き合っていくことになりそうですが、谷村さんのように、うつらない・うつさないをしっかり徹底した上でベストを尽くし、やりたいことをどうやっていくか。みんなで考えていけたらいいですね。

審査員:島田 由香

受賞者コメント

この度は、栄誉ある賞を頂き誠にありがとう御座いました。驚きでびっくりしております。
とりあえずHPの「おまかせプラン」でホームページを作って頂き1年が経ちました。去年メディカルライフカンパニーの看護師が賞を頂いてから、ちょうど1年が経ったのか?と自分でも驚いております。この1年の間にまさか世界を闇の底に落とす感染症が増え続けて、日本でも感染症を止めるすべが無く、看護師が同行する家事代行の会社を経営する自分自身が何をすれば良いのかが分からず、何も出来ないまま時間が過ぎて行くのを歯がゆい気持ちで過ごして来ました。皆さんも大変な日々だったと思います。看護師同行で何か出来る事はないか?役にたてることはないか?毎日仕事をこなす中で、何か提供出来ないかと考えた末、体操教室を開くまでの難しさと、来て頂いて、ありがとう、毎月楽しみにしてるのよとお言葉を頂いている奮闘記を書かせて頂きました。こんな感染症がひどくても、日本の未来は明るく素敵な物だと感じた瞬間でもありました。人生100年時代まさにそんな時代だなと思います。自分自身も100歳まで運動が出来る体でがんばって行きたいです。
最後になりましたが、誤字脱字が多いですが、素敵な賞を本当にありがとう御座いました。皆様のおかげです。

メディカルライフカンパニー 谷村幸彦様

クッキー工房ガネッシュ郡山 渡辺徳仁様

作品タイトル:紅茶屋が作るクッキーは、安心!ヘルシー!美味しい!

私はかつてサラリーマンをしておりました。技術者として働いておりましたが、辞令1枚でどこにでも飛ばされる人生を、苦々しく思っておりました。オーディオを趣味としていたので、大きなスピーカーを手に入れるためにも、転勤のない人生を生きたいものだと考えていました。

ある時、インド紅茶の輸入、製造、販売をしている(株)ガネッシュの社長と出会い、5年ほど紅茶の客としてお付き合いをしておりました。しかし40歳の時、一大決心をして会社を辞め、(株)ガネッシュの一員に加えていただきました。私はガネッシュ郡山の営業所を立ち上げ、紅茶卸業を生業とするようになりました。技術屋から商人への転身です。

卸業は紅茶を卸す相手を開拓せねばなりません。喫茶店、レストラン、ケーキ屋、デパート、ホテルなど、それぞれに飛び込み営業で一軒、また一軒と増やしていきました。地元の福島はもとより、宮城、新潟、山形、栃木、茨城、埼玉と、車の走行距離は年間4万~5万km。12~13年間は新規開拓を続けました。しかし、飛び込みで獲得した店の多くは、数年で他のメーカーのものに鞍替えし、消えていきます。新規開拓は、消えた店の穴埋めにしかならない現実がありました。現在残っている店は、紹介によって契約できた店がほとんどです。

そのようにして現在に至っていますが、数年前から紅茶の売り上げが落ちてくるようになりました。オーナーの高齢化等による廃業、経済の低迷による売り上げ減などが主な原因です。このままではいけない。何か打開策がないものかと考えました。

ひらめいたのが、私が夏と冬のご挨拶に取引先に配っていた手製のクッキーです。以前から「このクッキーは販売しないのですか」との声を頂いておりました。しかし、専用の厨房がない限り、保健所から菓子製造業の認可は下りません。ところが3年前、オーディオルームを目的とした中古住宅が手に入り、そこの厨房をクッキー専用に充てることができるようになりました。

もともとクッキー作りはお手のもので、苦労に思うことはありません。そして、どうせ作るなら、市販品のようなバターさえろくに使われず、マーガリンやショートニング、色素、香料、防腐剤など添加物だらけのものは拒否し、無添加で安心なもの、紅茶屋が作るにふさわしい自社のアッサム紅茶を練りこんだものにしました。また、昨年の4月からは、ヨガをやっている友人から教えられた、インド医学のアーユルヴェーダで使用している太白胡麻油(抗酸化性物質含有)も加え、ゴマの成分のセサミン入りの、ヘルシー志向のクッキーにしてしまえと、バージョンアップも図りました。これで私のクッキーも、ひとつの完成形に至りました。あとはいかに普及させるかです。

ただ、目論見が違っていたのは、紅茶の取扱店(喫茶店やレストラン)で、クッキーを販売して頂ける店が少なかったことです。そこで、道の駅やなじみの温泉旅館などにも販売をお願いいたしました。ありがたいことに、友人からの注文も続いております。2年が過ぎますが、リピーターも増えており、今後の売り上げに期待が持てるのが希望と言えます。

このホームページについては、注文を頂きたいという期待以上に、私はホームページを作ること自体が大きな楽しみでした。特に「オーナーのらくがき」には、私の趣味を4本のエッセイにまとめました。フィルムカメラやLPレコードなど、アナログこそが本物であるという、日ごろの思いを伝える場ができて、私は満足しております。あとはアクセスが増えて、注文に結び付けられれば言うことはありません。

さて、70歳で立ち上げたこの新規事業、体が続く限り続けていこうと思っております。

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審査員コメント

クッキー、オーダーします!読んでいるだけで「食べたい!」という気持ちが抑えられなくなりました。
エピソードを読んでいて、自分の好きなこと・好きなものを信じて、地道に一生懸命進んでこられたことが伝わってきました。
売上が下がったときも、「じゃあどうするか?なにができるか?」と考えて、ひらめいたのがお取引先から評判だった、お手製のクッキー。 革新的な新しいことではなく、ご自身のやっていることの価値を信じて活かそうという発想、しなやかで素敵です。
そして、「70歳で立ち上げた新規事業」という一文に驚きました!年齢を重ねるってことっていいことしかないんだな、と思わせてもらいました。

審査員:島田 由香

人生の「こだわり」を感じるエピソードでした。
技術者からの転身、飛び込み営業での地道な新規顧客開拓、紅茶の売上の低下・・・ この度のクッキー販売を事業とするまでにも、様々な経験をされてきたことが伺えますが、 どのタイミングにおいても、ご自身の想いを大切に、歩んでこられたことを感じます。
「クッキーをつくるのなら、安心安全な素材で、市販品にはない商品にしよう。」
「ホームページをつくるのなら、エッセイとして趣味への思いを表現してみよう。」
こういったこだわりのひとつひとつが日々の工夫やアイデアにつながり、 味わい深い素敵な人生をつくっていくのだと感じ、憧れの気持ちもこめて高く評価させていただきました。
私も音楽はLPレコード派です。「オーナーのらくがき」の更新も、楽しみにしております!

審査員:瀬尾 麻梨奈

受賞者コメント

このたびは「エピソード大賞準グランプリ」の評価を頂き、誠にありがとうございます。
応募にあたり、自営業に転じてからの人生を振り返ってみることができました。結構頑張っていたんだなと確認するとともに、人生とは「出会い」が大きな要素となって方向づけられるものだと痛感致しました。
「クッキー工房」を立ち上げて2年余。これからも多くの出会いがこの事業を導いてくれることでしょう。貴社との出会いもそのひとつです。まだ発展途上のこの仕事ですが、目標に向かい一層頑張っていきたいと思います。
いろいろとありがとうございました。

クッキー工房ガネッシュ郡山 渡辺徳仁様

寺子屋の里様

作品タイトル:Twitterで広がれ!子育てママの笑顔の輪

私は、滋賀県彦根市で「寺子屋の里」という、“自主自立”をテーマにした学習塾を1人で経営しています。今年は、“思いを行動力に!”をテーマに私はこの1年間思ったことをまずは行動してみることにチャレンジしました。

今年度私が1番挑戦したことは、SNSの可能性を広げることです。私はTwitterを7月に始めました。Twitterで日本全国の人たちに自分自身の想いを配信しています。その結果、Twitterで知り合った人と「Mom’s Café」というオンライン・サロンを立ち上げることになりました。日本全国の子育てをしている人たちを対象に、子育てを少しでも楽しんでもらえるようなプラットフォームを目指しています。Twitterをやり始めて気が付いたのは、子育てをしている方々の悩みには共通点があることでした。多くの人たちとTwitterを通してやり取りしていると、その原因は、“親子のコミュニケーション”が足りないことに気付きました。そこで、私は、月に2回のZoom座談会を開催して参加者たちの悩みを聞きながら、親子関係について話をしています。参加者は3歳くらいのお子さんのいる方から社会人のお子さんがいる方たちがいます。参加者たちの子育ての失敗エピソードを聞きながら、アドバイスや改善策について話をしています。

失敗エピソードをテーマに取り上げた理由は、1人で悩みを抱え込むのではなくて、多くの方が同じような失敗をしていることを知って欲しいと思ったからです。自分だけではないと思ってもらうことによって、少しでも気持ちが楽になってもらうことを目的にしています。最初は皆さん緊張しているのですが、時間や回数を重ねるごとに新たな気付きや、参加者の方たちのアドバイスも活発になり、あっという間に2時間以上も話していることがあります。子育てには正解はないと思っています。だからこそ、子育てをしている方々はお子さんと向き合い悩まれているのだと改めて気付きました。私は子育てをされている方々の潤滑油みたいな存在になれたらと思っています。

また、Mom’s Caféの会員の中には、個人事業をしている方々もいらっしゃるので、「薬剤師による栄養学」「睡眠の質」などをテーマに会員の方にも講演をしてもらっています。コロナ禍の中、Zoomなどを利用して対面ではなく、オンライン交流が主流になってきたので少しでも新しい可能性を秘めていると思っています。来年の目標は会員数を200名以上のオンライン・サロンになったらと思い日々活動をしています。

コロナ禍だから出来ない!ではなく、『コロナ禍だから出来る!』ことを探すことに没頭した1年になりました。私は思ったことを1つずつ形にすることにすごく大切な意味があるのだと改めて気付きました。子どもたちへの授業でも、「思っていることがあるなら、失敗を気にせず表現してみなさい!」が口癖のようになっていました。私自身の気持ちがすごく前向きになったので、子どもたちにも伝わっているような気がします。先生と生徒の関係ではなく、お互いに刺激し合えるステキな関係に今はなっているような気がします。

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審査員コメント

コミュニケーションの形が大きく変化したこの一年、こういった活動に助けられた人は、沢山いたのだと思います。「Mom’s Café」のような活動は、女性だけでなく男性も必要としているように思いますね。コロナ禍において、男性もコミュニケーションに飢えていますから。
また、一度きりではなく、活動を継続しているところも素晴らしいと感じました。コロナ禍で、オンラインで単発で話す機会は沢山あっても、継続して参加したくなるようなコミュニケーションの機会をつくるというのはなかなか難しいことだと思います。
続けるための工夫については、エピソードには書かれていませんが、きっと様々なチャレンジをされているのだろうと思います。目標とされている、200名以上のオンラインサロンがどんな形になるのか、とても興味深いです。応援しています!

審査員:磯木 淳寛

Twitter、拝見しました!話題のclubhouseなども活用し積極的に情報発信をされていて、 ご自身も参加されている方も、楽しみながら「Mom’s Cafe」の活動をされていることが伝わってまいりました。
エピソードの中で、オンライン座談会では子育ての失敗エピソードをテーマにされているとありましたが、世間では成功体験が目立って語られることの多い中、「私も同じように失敗していたよ」と伝えてくれる人の存在は、とても心強いものだと思います。孤独をなくす優しい活動の輪がどんどん広がって、大人も子供も笑顔になっていく。そんな素敵な未来を想像しました。
「コロナ禍だから出来ない!ではなく、『コロナ禍だから出来る!』ことを探す」という言葉と行動力、かっこいいです。沢山の人を笑顔にする活動を、これからも応援しております。

審査員:瀬尾 麻梨奈

受賞者コメント

この度は、とりあえずHPエピソード大賞2020準グランプリという栄誉ある賞に選出いただきましてありがとうございます。
私は、去年授賞式に参加させていただき多くの方と交流をすることができ、新たな課題を与えてもらいました。人とのご縁が次へのステージの切符と思い2020年は取り組みました。その中で、たくさんの方々に支えられてきたことに感謝しています。
昨年は、『ママさんたちの笑顔のために!』を合言葉に、SNSを活用しながらコミュニテイーサロンを作ることが出来ました。
この賞を受賞したことを励みにさらに次のステージへと駆けあがっていきたいと思っています。
この度は本当にありがとうございました。

寺子屋の里様

審査員特別賞

「審査員特別賞」は、最終審査を通じ、大賞・準グランプリには至らなかったものの、審査員から高い評価を受けた作品が対象となります。

定岡 忠臣 Sky-Up様

作品タイトル:「ドローン空撮の事業展開とホームページに出会った」を振り返った1年

私は、1957年生まれ。2020年で63歳。田舎に移住して2年目です。

事の始まりは・・・

2019年12月ごろにテレビ番組の世界遺産、ポツンと一軒家などでドローンを用いた上空からの広大な映像をみて興味がわき趣味でドローン空撮をやってみようかな・・・からの単純な動機でした。

2020年1月のこと早速、200g以下の小型無人機に分類するドローンを購入し初めての飛行に面白さを感じた。数か月後に、事業展開を検討。例えば屋根の点検、観光地の宣伝、災害場所の空撮等々、空撮業者は全国に大きな会社を含め数百以上ある。その中の隙間を狙う個人事業を検討しました。ただ開業には様々なハードルが待ち構えていたのです。

4K映像まで撮影できる200g以上の機体は無人航空機に分類されて国土交通省航空局に機体を登録し許可申請が必要になるのです。様々な手続きをクリアしなければならなく大変さを実感していくのでした。ドローンに関する航空法、民法、条例、気象学、電波法、操縦技術、安全運航など知ろうとしたが個人だけで習得できるものではありません。

2020年6月のことです。国土交通省が認定するスクールを見つけ入校し4日間の講習過程を受講したのです。しかし操縦技能が難しくて大変、市販のドローンは位置情報をGPSで制御できるのでホバリングなども自動でできますが講習過程ではあえてGPSを遮断したモードでの難易度の高い操縦訓練なのです、それは万が一GPSが遮断されても自力で操縦できる技能が必要とのこと、その後、前後左右上下移動を含め何時間かで一定の条件で合格したのでした。目視外の飛行は体育館内でドローンを飛行させ別室でモニターを見ながらコースを進む。夜間飛行は夜間を想定してサングラスを3つ重ねての操縦でドローン本体はほとんど見えなく機体の方向を示す赤と青のランプ点滅が見える程度の訓練でしたがすべて合格。そして無事終了し操縦技能証明と安全運航管理者証明を取得でき多くの知識を得ました。その後、知人の牧草地で許可を得て様々な飛行訓練を実施、飛行総時間は30時間を超えていくのでした。

2020年11月には念願の個人事業を開業。事業展開には宣伝や広告をどうするか名刺だけで集客はあるのか?ホームページも必要なのか?等々色々考えていたのです。(以下、ホームページをHPと略します)

そこで何とかHPを作りたくネットで検索していくと30日無料体験のHPを数社みつけ、A社を検討、12月から登録を考え、ついでにもう1社の「とりあえずHP」も参考に選出していたのです。

2020年12月から試した結果、A社はスマホ画面では文面調整が難しく断念。あとはA社より少し高めの「とりあえずHP」でしたがスマホ変換が自動できる機能があるので簡単さを実感。グーグルマップ、カレンダー、YouTube動画の掲載も簡単に載せることもでき大満足。今後は「とりあえずHP」とは長い付き合いになります。名付けて「一生HP」です。

2021年1月 早速HPを運用しています。今後はたくさんの方にHPを見てもらえるようにページの工夫や設定、動画編集から掲載にも挑戦していきます。

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審査員コメント

テレビ番組でドローン撮影の映像を見てから、僅か10ヶ月あまりで開業に至る、瞬間湯沸かし器のようなスピード感に圧倒されました!ドローンへの興味が趣味で終わらず、事業に展開するほどのめり込んだ心の動きが詳細に書かれていると、よりエピソードとして読み応えのある作品になると思いました。
人生100年時代、田舎に移住して二年目でドローン事業を立ち上げて、第二の人生を豊かに暮らし続けるためのセンスを感じます。スピード感は、成功の必須要素ですよね。これから第二の人生を考えている人や、なかなか行動できないでいる若い人のお手本になると思いました。このスピードで走り続けたら、何をされても成功すると思います。これからが楽しみです。

審査員:磯木 淳寛

受賞者コメント

この度は、審査員特別賞に選出いただき大変光栄に思います、ありがとうございます。
私は飯舘村に移住し2021年2月で3年目です。現在も村では移住希望者をHPで全国に向けPR活動をしています、現在まで新たな移住者は100人以上(人口の12.4%増)に増えています。
村の特徴は標高400m前後の高原、平均気温も10℃の気候で豊かな自然に恵まれて夜空の星も綺麗で居心地のいいところが一致して私は移住を決めました。東日本大震災、原発事故、全村避難指示までを経験した村です。10年も過ぎると避難された方の生活スタイルも変わり帰村は難しいのが事実なのです。私もそんな少し寂しい村を盛り上げるため自然豊かな空撮映像を取り入れたYouTube配信やHPなど活用し新たな移住仲間を増やす挑戦も始まります。少しでも移住のきっかけになればと思っています。都会の雑踏の中で便利さを満喫して暮らすのもよし、少し不便さがあっても空気のきれいな自然豊かな高原で暮らすのもよし、人はそれを選択できます。そして年齢に関係なく夢あれば行動するチャンスはある、何でもできると信じこれからの人生を楽しく暮らしていきます。
この度は本当にありがとうございました。

定岡 忠臣 Sky-Up様

T&Y一級建築士事務所様

作品タイトル:心の病の息子を社会復帰させたい!

息子は24歳の時に統合失調症となり、以来入退院を繰り返しながら病気との闘いの日々が続いています。

私は父親として何とかして社会復帰させたいと思い、自宅で建築士事務所を設立することを決意しました。しかし単純作業程度しか出来そうもない事を病院の先生から伺い、一体全体何をすれば良いのかから始めました。まずは生活リズムを作る事や外に出かけて体を動かさないといけないと考えました。

家には大きな畑や小さな畑が有る。まずはこれを利用しようと考えました。小さな畑は庭のような造りで畑になっていません。最初にここを畑にするため「振るい」を使って小石を取り除く作業を行いました。何万回も振るってやっと小石を取り除き畑が完成しました。ここに毎年自宅で食べれる程度の野菜を作ることにしました。一方、大きな畑には果樹園を作ることにしました。大変ですが一から育てる楽しさも味わうことができます。二人で5年かけて何とか実らせたいと考えています。

こんな事をしながら、建築士事務所で毎年同じことを繰り返せる単純な業務を探します。最近の話題でドローンを使っての建設工事監視やインフラ調査、建物調査等の仕事が将来有望といった事を知り、早速調べたところ2022年から国のロードマップでドローンによる様々な仕事が計画されていることが分かりました。

私は前に勤めていた会社で耐震診断や建物調査などを行っていましたので新しい仕事でなく、自分がやってきた仕事の延長線で考えることにしました。息子と相談しながら、どのことならば出来そうかを決めていき、少しずつ営業して少しずつ仕事をいただき始めました。

やりながら、これならば出来るか?と自問自答して結局は建物の劣化調査だけを行う建築士事務所を目指すことにしました。将来は私も引退ですので、息子が継続するのに足りる国家資格である特定建築物調査員資格を2年以上の実績が出来たら受験させます。この資格試験は息子は大学の機械科を出ている関係で2年間の実績で受験が出来るのです。

なんとなく将来への道順や希望が出てきました。しごとはとりあえず外壁劣化調査を打診や赤外線、で行い将来はドローンを使って行う。またせっかく特定建築物調査員の資格を受けますのでこの仕事も将来は行う事にしています。事務所を始めて今年の5月で3年になります。今までろくに営業活動もしませんでしたがここから仕切り直しで地道な営業展開を何年も行います。

時間がかかりますが息子の元気が出るリハビリにもなり、また自分にとってもあることで良い運動です。これから少し長いですが5年間頑張った時にどんな事務所に育つのか?果樹園の実がなるのと同じで、二人にとっても楽しみが出来ました。先のことは分かりませんが息子との二人三脚は大切な時間となって行きます。

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審査員コメント

エピソードから、お父さんの愛の深さ、愛の大きさをしみじみと感じました。きっと書いてくださったこと以上に、今まで様々な出来事があったのだと思います。
心配したり、不安になることもたくさんあったかと思いますが、息子さんと一緒になにかをやろうと考えて、これまでの人生で培った経験で起業するという行動を起こされたこと、本当に尊敬します。
お父さんの行動が、息子さんにとっても勇気になって、どんどんと状況がよくなって、お二人が笑顔いっぱいに成功されていくお姿をぜひ見たいなと思っています。
お二人の時間と努力が、多くの実を結んでいくことを願っています。

審査員:島田 由香

受賞者コメント

この度は審査員特別賞に選出くださいまして誠にありがとうございました。大変うれしく思っております。
応募いたしました作品の中でも、たびたび触れておりますが、取り組んでいますことが、仕事や事務所を大きくしていく事から少し異なっています。普通は会社や個人で始めた事業をいかに伸ばして、みんなに知られるようになり、そこから事業の発展を目指しています。私の事務所はとんでもない回り道をするかもしれませんが、頂きました賞を思い出しながら、親子喧嘩をしながらも、少しずつ前進できるように頑張っていきたいと思っています。素敵な賞をありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

T&Y一級建築士事務所様

とりあえずHP賞

「とりあえずHP賞」は、一次審査を行った、とりあえずHPスタッフからの推薦作品が対象となります。

アチーヴ メンタルケアサポート 代表 松本 景子様

作品タイトル:「心への取り組み」が、やがて大きな力となる
〜2020・「メンタルケアサポート」の創業

2020年…ウイルスによる混乱が世界中を襲った1年であり、これによって人々の心が疲弊し続ける日々は、残念ながらまだ暫くは続きそうですが、日本ではその以前から人々が「心」を痛めることによって起こる社会問題が多くありました。

心の問題が原因となる引きこもりや孤立、不登校や休職は増加し、政府もこれらの問題を重視して様々な取り組みを進めてきていますが、現場ではこれらの制度自体が形骸化していたり、問題が起こった後の対処として用いられるものが多いため、根幹の解決には作用していないのが現状のようです。

自分の心の持ち様に悩んでパフォーマンスが低下したり、人間関係を遠ざけて過ごさざるを得なくなった多くの方は、心療内科や精神科を訪れるか、またはそのまま長く苦しい時間を過ごされる場合も少なくありません。

企業勤務を経て子育ての時期を専業主婦として過ごした後、通信制高校の教員という立場を経験しましたが、様々な背景を持つ生徒に接する中で、彼らの気持ちや心の変化が大きな成長、挫折等の機会となる事を知り、また自分の人生における様々なフェーズでの出来事、出逢った方々との関わりの中で、「思い」を整理して整えること、その心持ちや思考によって問題に対する対処の違いが大きいことにも、気付かされてきました。

問題の背景や状況を把握し、本人の心理を親身になって理解した上での適切な状況の解明、問題に対する本人の希望や向き合い方があってこそ、本当の問題解決に向けての対処ができるのではないだろうか…心理学の学びと課題の研究の必要性を感じ、50歳を目前に大学院に進学、教育心理学を学びましたが、時同じくして国では「心の問題」を重視し、「公認心理師法」に基づき、心理師初の国家資格を誕生させていました。

まるで導かれるかのように受験資格に恵まれ、幸運にもこの資格を取得するに至り、この国の心の問題の対処についての疑問、また、欧米では一般的であるカウンセラーによるメンタルヘルスへの取り組みが、今後日本でも必須となるであろうとの思いから、企業・家庭・学校、広く社会の中での様々な場所での心理に関わる問題解決を仕事としたいと考えました。医療とも連携を持ちながら、国家資格心理師によるカウンセリングを中心とした問題解決の導線を引くことが必要である…厚生労働省も、「公認心理師の活躍の場」として、そのように掲げているはずでしたが、そのような職に就ける場所は、どこにも見当たりませんでした。

「無いなら、自分で創ろう!」

自分の思い一つで前例のない事業を起業するのは本当に無鉄砲でしたが、やるならとことん自分の手で、自分の思いに正直に、と考えました。ホームページの作成についても、こちらを利用し大変親切にご指導頂きましたので、初期費用を抑えて無駄なく、かつ、思いを存分に表現することが出来たと思います。今後は業種の認知度を高める面で、より充実したものへのバージョンアップ等、またお力をお借りしたいと存じます。

様々なツールが完備された日本の社会で、「心」が取り残され、疲弊している今、丁寧に心の問題を解すことが多くの融和に繋がり、やがて大きな力となると考えています。

心への取り組みが、今後の社会を温かくすることを、心より願っております。

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審査員コメント

何よりも「世の中に無いなら自分で創ろう」と挑戦し、想いを形にされているところに力強さを感じました。50歳を目前に大学で学ばれる意欲も素晴らしく、「人の心の問題」に取り組もうとする気持ちの根底に愛を感じます。本当の意味でのカウンセリングを受けられる場が少ない現状で、松本さんの力を必要とされている方がたくさんいらっしゃることと思います。これまで、そして今後、どんな方に出会い、その方々にどんな影響があったのか?そんなエピソードをまた来年、ぜひお聞かせいただきたいです。

まとい工房 南天 渡部 顕様

作品タイトル:あくなき挑戦

コロナの影響による個人消費の落ち込みは、弊工房の売上にも直撃しました。昨年四月以降から徐々に落ち込み、六月は売上が全くありませんでした。ミニチュア纏製作を生業としてから7年、幸いなことにここまでは順調に推移してきましたが、注文を受けて作る物がない寂しさを初めて体験しました。

心の病が原因で前職を退いた私にとって、以前であればこの状況は再発の恐れも危惧しましたが、しかし今の私は以前とは別人になっていました。「これを機会に以前から温めていた大作を作ろう!」そう思った瞬間からコロナの影響は眼中になく、うまく気持ちを切り替えて大作作りに取りかかることができました。

心の病を再発させないという覚悟は、完治してから特に意識しており、その対処法もしっかり勉強していましたので、自分なりに気持ちの切り替えがよくできたと思っています。生活に関しては今までの蓄えがあったし、妻も協力してくれたので安心して作品作りに没頭できました。そして「そうだこの作品を全国伝統的工芸品公募展に出品してみよう。」と思い、製作は更に拍車がかかりました。

本来私の作品は伝統的工芸品ではありませんが「江戸小玩具」であること、また江戸時代創業の浅草助六の出入り職人である事が認められ、伝統的工芸品に準ずる作品として審査対象となりました。本来伝統的工芸品は江戸切子や南部鉄器等、秋田では川連漆器や曲げわっぱなどでこれらと同等に審査されるため、ほぼ勝ち目はありません。入選すら厳しい歴史ある本応募展において、なんと、なんと、拙作が入選を果たし東京国立新美術館に展示して頂けることになりました。この快挙をホームページや各種SNSで発信したところ、多くの方々からお祝いのお言葉をいただき感極まりました。そしてこれがきっかけとなって地元で展示会を開催したり、販路も拡大しました。

「逆境をバネにする……」言葉では簡単に言い表せますが、強い気持ちと行動力がなければ成功しないということを今回学びました。ましてや心の病を経験した私にとってコロナの影響による気持ちの変動はとても高いハードルでしたが、病気再発率60%も乗り越え大きな自信となりました。

今後も地元報道機関からの取材申し込みが入っており、益々頑張る意欲が湧いています。コロナがもたらした、考えもしなかった成果を今後の作品作りにつなげていきたいと思います。

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審査員コメント

まとい工房 南天さんは、2017・2018年度にも受賞され、当時の作品ではミニチュア纏(まとい)製作をスタートしたきっかけや商品開発のエピソードを綴られていました。そして今回、コロナ禍による逆境のなか、こんなときだからこそ、という強い想いで「全国伝統的工芸品公募展」に挑戦する姿を描かれています。公募展の受賞をきっかけに販路拡大にもつながり、まさに“逆境をバネに”されている様子に勇気をもらいました。ホームページの「纏(まとい)」のお写真もかわいらしく、心温まります。

邦楽教室『詠の会』 衣笠詠子様

作品タイトル:会えない時間で教わった、勇気の一歩

お箏と三味線の教室を開いて今年で25年になります。

普段のお稽古場は、朝から夜までゆったりとした和の音が絶え間なく流れる中、生徒さんの楽しい笑い声が時折聞こえたりと、明るさのあふれる、アットホームな空間でした。

ところが、新型コロナウイルスのニュースがちらほら出始めた2020年2月初旬のころ、感染拡大防止を鑑み、思い切ってお稽古場を一時閉めることにしました。というのも、お箏やお三味線を習う方は年齢層が比較的高く、何かあってからでは遅いと思ったからです。

いつものお稽古場はひんやりし、楽器も寂しそうにぽつんと立てかけられ、私自身、みなさんにいらしていただけないことを本当に残念に思ったことを思い出します。

そのような苦境の中のある日、どんどん元気がなくなっていく生徒さんたちの声を聴き、「このままでは、心が先にだめになってしまう・・・」と思い、行動を起こしました。

まず、お稽古のプランを練り直し、貸し出し用の楽器を用意し、たとえ対面ではなくても、文明の利器を使い、いままで試したことのなかったオンラインでのお稽古にチャレンジしてみることにしました。

新しい試みはもちろんHPにも掲載しました。こちらの近況と、生徒さんたちへの小さなメッセージを最新情報で頻繁に更新し、完全に歩みを止めるのではなく、せめて足踏みしながら再活動に向けて前向きに準備することを心掛けました。

みなさんのおうち時間を少しでも前向きなものにしたいという一心でお稽古の形を変えたのですが、思いがけないことが起こりました。

まもなくすると、ご高齢の生徒さんが嬉しそうに、「パソコンを家族から借りたのよ!」、「これを機にスマホデビューをしました!」というお声を聞かせて下さり、新しいチャレンジの連鎖が広がっていったのです。

今ではみなさんが、Zoom、Facetime、meet、Skype、LINEなど・・・様々な方法でお稽古を続け、新しい生活様式を楽しむことに挑戦しています。

私がこのコロナ禍で心がけているのは、生徒さんと一緒に足踏みするつもりで再活動に向けて前向きに生きる!ということなのですが・・・実はこちらがご高齢の生徒さんたちに元気と勇気の一歩を教えていただいているのだと、改めて感じている日々です。

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審査員コメント

この1年はコロナ禍で、対面でのお稽古ごとなど「いつもの楽しみ」が少なくなり、寂しい思いをされた方も多かったと思います。一時はお稽古場も閉めていた中で、元気がなくなっていく生徒さんの声を聞いて行動を起こしたこと、それが生徒さんのパソコンやスマートフォンデビューにつながって、さらに励まされ、前に進んでいく様子。勇気の連鎖と力強さを感じるエピソードに、心動かされました。

yakateruGUITAR 矢ケ部 輝明様

作品タイトル:コロナ禍で見つけた喜び、
クラシック・ギター愛好家への応援メッセージ

クラシックギターを弾き続けて50年。若い頃は、プロも目指したこともありましたが、土木のロマンにも魅力を感じ、趣味でギターを弾きつつ建設業界に身を置き、30数年国土づくりに邁進してきました。定年後は、再びギター三昧の生活に身を置き、演奏会やライブ活動等での音楽の世界を堪能しながら第2の人生を楽しんでいました。

ところが、このコロナ禍! ギター仲間と集ってやっていた活動の多くが中止になってしまうはめに。三密があってこそのライブの良さでしたが、仲間も多くが高齢者なので、自分から遠慮したり、家族から止められたりと、ほぼ、活動停止状態に。

ただ、そのころまでには、演奏会・ライブ200回、動員数5,000人の定年時に決めた目標はほぼ達成していましたので、これを契機に、むしろ、これまでため込んでいたギターへの想いを書き綴っていた等を整理し、ギター仲間に届けたいという思いで自分のホームページを立ち上げることに方向転換しました。ただ、数年前にもホームページ立ち上げようと思ったことがありましたが、パソコン音痴のこともあり、悪戦苦闘のうえ断念した苦い経験がよみがえったのですが、「とりあえずHP」というサイトに出会うことができ、難なく開設できることができました。

開設さえできれば、あとは得意のアイデアを生かしながらのコンテンツ作りを始めたのが、コロナ禍真っただ中の2020年8月です。これが、ギター演奏やライブと同じように楽しいのです。そして、また応援者・支援者も表れてくれ、思った以上に充実したHPに育っていきました。

そのHPの自慢の一つは、ギター仲間のうちでもほとんど日が当たらない「ギター協奏曲」という分野のギター曲を片っ端から聴いてこの短期間でつくりあげた「ギター協奏曲300曲選」のコーナー。専門書やネットで検索しても100曲どまりの状況を知り、国内・海外のネット情報を読み漁り、中古CD等を購入しまくり(政府からいただいた10万円を使い)、リストとして整理したものです。

情報を集めている時には、ギター専門店の店長さんから「こんなギター協奏曲もあるけど知っていますか?」とサポートしてもらいました。もう一つの自慢が、一枚の写真からギター曲を思い浮かべるコーナ「1枚のPhotoとギター曲」コーナーです。大学時代のギターサークルの先輩で大学の美術の教授先生から送ってもらった写真や、寿司屋で知り合った郷土のカメラマンの方から写真を送ってもらい、あっという間に魅力的な写真が100枚以上も集まりました。

写真を送ってもらう都度、一枚一枚に、思い浮かんだ曲とそのわけをコメントするのですが、この作業のなんと楽しい事このうえなし。ということで、いろいろと楽しみながらコーナーを増やしていったら、解説するときに目標としていたアクセス数5,000回を先日達成することができました。

確かに、このコロナ禍では多くの生活行動が制限されてしまいました。特に、音楽演奏という分野での影響は甚大です。たまたま、すでに年金生活者となっていることで生活上への支障は多くはありませんが、生きている喜び・楽しみの多くを奪われることになっていたはずですが、このHP開設という手段のおかげで、思いがけない楽しい時間を作り出すことができました。今も、さて次はどんなコンテンツを作ろうかとワクワクしながら過ごしています。

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審査員コメント

コロナ禍で活動が苦境にありながらも、音楽やクラシック・ギターを愛する仲間達へ届けたいという想いやエピソードをストレートに表現しお寄せくださいました。ホームページからもその魅力が伝わります!一歩踏み出してチャレンジすること、その先にあるワクワク感、大切ですよね。チャレンジしたことによる「思いがけない楽しい時間を作り出すことができた」という言葉や喜びはとても価値があると思います。更なるコンテンツの発展を私たちも楽しみにしています!

毛豆菜園 緑八(みどりや) 鈴木 正美様

作品タイトル:「逆境を逆手にとって生まれた新たな考え方。餅屋は餅屋。」

青森県産毛豆を全国に販売しようと思い立ち、ホームページを作成してから早いもので4年目を終えました。今年はコロナ禍によって、毎年弘前市内で行っている野菜の対面販売もできず、昨年からずっと思い描いていた東京のファーマーズマーケットでの毛豆販売計画も断念。コロナ禍によって過去の3年間を見直すきっかけにもなった一年でした。サラリーマン農家が自分で野菜販売をしていると生産時間が少なくなります。生産量を増やすのであれば販売はやはり販売のプロに任せることにしようと決断しました。コロナ禍が以前からの課題だった販売時間を軽減してくれました。

毎朝、出勤前に直売所へ野菜を出荷するだけですから時間にも余裕ができ、畑の管理も休日に自分のペースで出来るようになり収穫も去年からみるとだいぶ楽になりました。年間の売り上げもさほど変わらないので一石二鳥です。

8月に入りホームページでの予約受付を始めると、リピーターや新規のお客さんから注文が少しずつ入ってきます。そんな時ふと気付いたことがあります。注文の流入先です。ホームページからの注文はもちろんですが、次に多いのがインスタから直接の注文とインスタからホームページへ流れてくるお客さんなのです。私のインスタは毛豆に特化した投稿をしているわけでもなく日常を投稿しているのですが、そこからのお客さんが増えているのです。

そんなある日『あっ!これだっ!』って、ひらめきました‼関東で野菜販売をしているフォロワーさんに販売をお願いしてみようと。そうすることで私が東京へ行かずとも毛豆を販売できる。販売は販売のプロに任せようと。すぐに数件の販売店にメッセージをお送りしたところ快く引き受けて頂きました。チラシ等の配布もして頂き、また、ポップまで作って毛豆を宣伝してくれた販売店もありました。販売店での毛豆の評価も上々。しかも一軒から再注文が入りました。結果的にコロナ禍により関東の販売店への産地直送という新たな販路も見つかりました。

しかし、販売先の割合を考えると目線も変わり始めてきます。4年目の毛豆の販売先の割合は、通販で50%、地元販売で50%になりました。ホームページ作成当初は通販で県外販売をすることだけに気持ちが行きがちでしたが、今年は地元直売所での毛豆の販売も順調でした。毛豆を出荷している直売所(ふじさき食彩テラス)のインスタを見ると、我が家の毛豆を投稿しているではないですか。それを考えると地元販売も重要だと思うようになりホームページも少しずつ変えています。そして、もうすでに来年の新たな計画を思い付き今からわくわくしているところです。時々思うことがあります。ホームページをプロが作る「おまかせプラン」にしたら毛豆ってどんな感じになるのかなって。餅屋は餅屋ですからね。

最後に、今年の授賞式でお会いした方々、毛豆をご購入頂いた皆様にお礼申し上げます。今年の毛豆はコロナに負けず完売御礼!誠にありがとうございました。

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審査員コメント

ご自身の商品をたくさんの人に届けるために、何ができるのか、日々考え、それを行動に移せる力がとても素晴らしいと感じました。 このコロナ禍でたくさん大変な思いをしたのではないかと思うのですが、それでもこの状況をチャンスと捉え、生き生きと新たなチャレンジを試みる姿から、私も大変勇気をもらいました。周りの方々もきっとそんな緑八さんの姿に心を打たれ、協力したいと思ったのではないでしょうか。これからもたくさんの人に美味しい毛豆を届けてほしいなと思います。

就労支援センタージョブテラス 鹿野德明様

作品タイトル:コロナ禍での起業・・苦労の連続です

障がいのある人や引きこもりの人たちの就職の一助になればとの思いから令和2年8月就労支援センタージョブテラスを開設いたしました。しかし、それは新型コロナウィルスによる思いもよらぬ世の中の変貌の中、本当に苦労の連続でした。

起業直後に全国初の緊急事態宣言
令和元年12月一念発起して前職を退職しました。当時59歳でした。翌年2月26日に新会社を設立。6月に就労支援施設の開設を目指しましたがその2日後、北海道が全国に先駆けて緊急事態宣言を発令。PR活動や挨拶回りをしようとしていた矢先、外出自粛となったのです。さらに完成披露や見学体験会などあらゆるイベントも中止となりました。

施設の開設も遅れました
追い打ちをかけたのが講習会の中止でした。コロナによる第2派の影響で5月に開催できないのです。他の基準はすべて満たし、その講習会を受講することで認可される予定でした。北海道での次回の開催は11月です。そこまで運転資金が持ちません。目の前が真っ暗になりました。障がい福祉の担当に相談してもどうにもなりませんでした。日本中の講習会を調べ複数の県に申込みましたが他県からの受講は認められませんでした。

8月1日開設とはなりましたが・・・
その後ネット配信による講習会が広島県で開催される事を知り、運営会社に事情を説明。ここも他県からの受講は難しかったのですが、事情を察していただき7月に受講することができました。そして8月1日遂に開設となったのです。しかし、PR活動の遅れや外出自粛による人の流れの悪さが影響し約2ヶ月経過しても利用者が一人も決まりませんでした。その後なんとか9月末に1名決まり、10月3名、11月4名と徐々に動き出しました。

給付金・助成金もほとんど該当しません
中小企業を救済するため色々な給付金、助成金がありましたがほとんど貰えませんでした。昨年同期比の売上減収が基準となる為、9月まで売上が無かった当社は該当しないのです。本当に起業した時期が最悪でした。

資金繰りも大変なので無利子、無担保の緊急融資を受けようと思い銀行に相談しましたがここでも該当しませんでした。これだけコロナの影響を受けているにも拘らず業績が伸びていると言うのです。例え毎月の売上額は少なくても、利用者が増えているので売上が落ちていないのです。銀行曰く「御社の業績は右肩上がりですから」と・・・

ただ、雇用調整助成金は受給できました。4月から正社員2名を雇用していましたが休ませていました。雇調金は翌月の売上が落ちていることが条件で、唯一あった売上は町内会から依頼された資料つくりの報酬1万円でした。利用者が行う作業の一環として行いました。総売上1万円、翌月の売上0円、これをハローワークが理解してくれるのか。恥ずかしさで一杯でしたが背に腹は代えられず思い切って相談しました。すると意外にも担当の方が前向きに捉えてくれて受給することができました。この1万円が後に2百万円以上の効果を生んでいます。

ホームページも頑張りました。
ホームページには50万円予算を取っていましたが、大幅な経費削減を余儀なくされ、さらには時間を持て余したことから自分で作ってみようと思い挑戦しました。いざ作るとなると悪戦苦闘の連続でしたが時間はたっぷりあります。毎日取組むことで少しずつプログラムの意味が分かってきました。そうなると色々凝ってみたくなるもので、例えばページそのものをワードで作りPDFに変換しアップしました。自分の思い通りのページが出来ました。後日とりあえずHPの相談会で担当の人から「素晴らしい出来ですね」と言われ、社交辞令と分かっていてもうれしかったことを思い出します。特殊な業種ですからホームページを見る人も限られますが、それでも毎月200名以上の方が訪問され、アップ数も500を超えています。

昨年末、東京の施設に通っている人が北海道に戻ることとなり、施設のホームページを見て通所を希望しているとの連絡がありました。本当にうれしく、自分で作ったホームページが認められたと思いました。現在11名の利用者が通っており、毎日悪戦苦闘の連続です。まだまだ苦しい経営状態が続いていますが、ようやく少しだけ先が見えたような気がします。

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審査員コメント

「起業した時期が最悪だった」。この一文に胸が締め付けられました。前職を退職し、一念発起して起業をしたのに「コロナ禍」が…。その中でも負けずに、施設の開所になんとかこぎつけた情熱を高く評価いたしました。多大なエネルギーを費やされたことと思いますが、障がいを持つ方の就労支援を行う事業は、この先、多くの方の救いになるはずです。今回の受賞が少しでもプラスとなりますよう、そして事業が発展していかれますよう祈念しています。

株式会社アイトホーム様

作品タイトル:お客様の「ここに住みたい」を叶える
アイ(私)とイエ(家)のアイトホームです

私たちが起業するきっかけとなったのは今から約10年前にさかのぼります。当時、主人は建築営業職、私は設計職として一般の企業で働いていました。私は主人の定年まであと数年という頃に年の差が18歳はあったのですが思い切って結婚しました。

私は拘束時間の長い設計職を辞め、定時で終わる事務職に再就職しましたが、なかなか職場に馴染めずに悶々とした日々を送っていました。また、数年後に主人が定年になるとはいえ、心身ともに健康で経験の長い建築営業職を生かせる方法はないかと思っていました。

そんな折、主人も色々と定年後のことを考えていたようで、「不動産関係なら元気なうちはずっと働けるから宅建士の資格を取る気はないか?」と言われました。私は日々悶々としていましたが目標ができ一気に気持ちが明るくなり、資格を取得することができました。

その後、具体的に「事務所付きの住まい」が建築でき、仕事に適した土地を探し始めました。私たちの希望に沿った土地を見つけるため何か所も見て廻りました。そしてやっと、今から約5年前の夏のとても暑い日に「ここに住みたい」という土地に巡り合い、「事務所付きの住まい」の夢が叶いました。そして、土地を見つけ希望に沿った住まいを手に入れたときの感動を一人でも多くの人に味わって頂き、唯一無二の場所を手に入れてほしいと思い、アイとイエ、私と家の「アイトホーム」という社名を思いつきました。

会社設立後は、地域密着をモットーに地域を大切にしたいと思い、自治会や地域のお祭りなどの行事に積極的に参加して地域の皆様に「アイトホーム」の名前を覚えてもらえるようにしました。そして、気軽に話しかけてもらえるように会社の周りに花壇をつくり、四季折々の花を植えるようにしました。最近では車を止めてわざわざ声をかけてくれる方までいらっしゃるようになりました。また、交差点の角に当社はありますので、夜間でも安全に通行できるようにライトアップも始めました。

また、社内業務でもあるホームページの管理は主人が中心となってメンテナンス及び更新を日々欠かさずに行っています。特に、不動産業は新鮮な情報が喜ばれるため、情報収集をし特に時間を掛けて行っています。また、私は主人の勧めもあり建築士事務所を立ち上げ、設計料金など明確にしお問い合わせがしやすいようにしたり、昨今の異常気象からハザードマップの重要性を再認識し、特に当社の活動エリアのハザードマップの検索がしやすいようにし活用しています。

そして、家族の一員でもある飼い猫にも協力を得てホームページの顔となってもらっています。ホームページをご覧になった方からは「猫、飼っているんだね」とお互いに話がしやすくなり、ペットの話などで話が弾み、お陰様でよい潤滑油となっています。人生100年時代と言われる今日、まだまだこれからという気持ちを忘れずに皆様のお役に立てるように創意工夫をして、主人と2匹の猫と共に日々明るく楽しく仕事をしていきたいと思っています。

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審査員コメント

今年は、いつの間にかなくなってしまった「当たり前の幸せ」を恋しく思った1年でした。アイトホームさんのエピソードには、そんな「日々の小さな幸せ」がギュっと詰まっていました。とある街角の不動産屋さん。道端の花壇に水やりをしながら街の人と挨拶を交わす奥さん。奥では旦那様が机に向かって何やら設計図を見ているよう…。エピソードを拝見して、そんな風景が浮かんできました。お二人の夢の詰まった大切な場所で地域の皆さまのためにこれからも。応援しております。

タロット・西洋占星術 神野 悠華様

作品タイトル:新たな働き方・生き方のスタートに向かって

社会人として働き始めて20年。自然災害や色々なことを経験してきましたが、これほどまでに世界中を巻き込んで、働き方や日常生活が大きく変わってしまうほどの出来事はなかったのではないでしょうか。

私自身にとりましても、2020年・2021年は激動の忘れられない年であり、また新しい働き方・生き方に向かって大きく動き出す年になりそうです。

今回、自身の奮闘エピソードを聞いていただける機会があると伺いまして、応募させていただきました。

わたくしは現在、京都にて占い師として活動をしております。

小学生の頃から興味のあった占いが大人になって趣味となり、趣味の範囲でおさまらず、ついに職業となりました。

振り返りますと、本格的に活動するようになったのは2013年1月、ちょうど8年前です。

当時は副業を認めていない組織で働いていて、悩みに悩みましたが意を決して退職。

そこからはパートタイムでの事務仕事と並行して、平日の夜や土日に鑑定をするといういわゆる二足の草鞋(時々三足?)でした。

目標は一本立ちをすること。そして占いを通して色々な人と交流しながら一緒に成長できるようになること。できることなら、私たちはもっと自由に自分を表現してそれを仕事としていいんだというサンプルになりたい。

これが私の秘かな目標でした。

そんな二足の草鞋スタイルですが、はじめこそ新鮮味があって妙な特別感に浸っていたのですが、変わらない現実に次第に焦るようになり「この下積み生活から一体いつ抜け出せるのだろうか」と思い詰めるようになりました。

今年こそは!と自分のお尻を叩いて頑張ろうとする一方、生活の心配をしながら夢をかなえるために続けるしんどさに愚痴や不満が多くなり、向いていないんじゃないか・選択が間違っていたのではないか・悩んでいる人に誰が相談してみようなんて思うのか(誰も思わない)という考えでいっぱいになることがありました。

その落ち込み様に、どこか占い師さんに相談したほうがいいのでは…(冗談)と言われるほどでした(笑)

それでももう少し頑張ってみようと思えたのは、やはり支えて下さる方々がいたからで、苦しい時期を乗り越えてこられた方のお話を伺うと、やはりそこにはお客様やお友達、御身内や仕事仲間の方からの応援があってこそというエピソードをお聞きしますが、私もまったく同じです。

手作り市への出店準備に朝早くから夜遅くまで手伝ってくださる。
イベントに出ると、お客様として応援に駆けつけてくださる。
お友だちや信頼できる業者の方を紹介してくださる。
鑑定後に起きた出来事をフィードバックして下さる。

本当に色々な面で支えて頂きました。

そして昨年、知り合いから中小企業者等支援補助金が申請できることを教えていただき、その補助金で一番待ち遠しかったホームページを「とりあえずHP おまかせプラン」で作成していただくことが叶いました。

これをきっかけに8年間の下積みにピリオドを打ち、次の4月から一本立ちすると決めています。新しい働き方・生き方の挑戦が始まります。

これからは、支えて下さった方々に恩返しできるように、そしてなにかを成し遂げようとされている方のお役立てができるように、心新たに頑張りたいと思っています。

本当にありがとうございました。

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審査員コメント

ご自身の想いとお仕事とのギャップに悩み、それまでのお仕事を辞め、「好き」を仕事にするためにチャレンジし続けることは大変勇気や覚悟のいることだと思います。そのプロセスを描いた今回のエピソードは、多くの人を勇気付けることでしょう。
「とりあえずHP」が、もうひと段階大きなチャレンジするきっかけの一つになったことも大変嬉しく思います。私たちは生き生きと自分らしく暮らしていくための神野さんの挑戦を、応援いたします。

最終選考全作品

惜しくも受賞には至らなかったものの、最終選考まで残った全作品を発表いたします。

秋山 義則 桐生水道株式会社様

作品タイトル:早いもので丸3年が経ちました.

前回、2018年にエピソード大賞に応募させて頂きましたが、今の会社に2017年8月に赴任となり早いもので丸3年が経ちました。見知らぬ土地に来て、慣れない環境の中で社長として奮闘してきました。

何もかも分からない状況の中、創業60年を超える老舗設備会社で従業員は10名の小規模な会社で、前会社からの指示で、老朽化した社屋の建て替えと社員の処遇改善の指示があり、まずは50代の社員が5名いましたので定年退職の年齢の変更の件を相談させて頂き、定年を60歳から65歳に引き上げる事を提案させて頂き、これを基に就業規則の変更に取り掛かりました。ちなみに、私の前職は営業部門が長かった為、事務的な仕事は初めての事ばかりで何から手を付けて良いか解らず、あちらこちらの資料を探して就業規則を変更し、給与体系の見直しも行いました。いままでは、与えられた環境の中で、ただそれだけをやっていれば良かった事が、今は、事務的な事もやらなければならないようになりました。また、とりあえずHPさんを知るきっかけとなった、社員の一言から、ホームページを作ってほしいと相談が有り「とりあえずHP」を検索してみました。やっぱり、この時もパソコンには苦手意識が有ったのでそんなに簡単に出来る訳が無いと思い込み、なかなか手が進みませんでしたが、一つ解決したところ思うように操作が出来そこそこの物が出来上がり。社員のみんなに見て貰ったところ、そこそこ評判が良かったです。

まさか、このパソコン音痴がホームページを作成出来るとは思いませんでした。同業他社さんや親会社の社員さんからの評判も非常に良かったです。

最大の難関、社屋の建て替えの話で前回は終わりましたが、設計から半年後の令和元年5月より既存倉庫の解体が始まり、令和元年7月から新社屋の工事が着工し令和元年11月に新社屋が完成いたしました。設計変更や予算変更が何度もあり、また、既存倉庫は思いの外広く、使われていなかった材料も予想以上の数があり片付けるのも一苦労でしたが、社員全員の協力のもとようやくたどり着くことができました。やっぱり新しい事務所はいいですね。また、社員一人一人に、E-mailアドレスを「とりあえずHP」さんで作成させて頂きました。

そして、今年2020年8月をもって、会長(前社長)と経理事務の会長夫人が同時に退職し、またまた、事務仕事にパニックになっています。今までは、経理関係は会長夫人にお願いしていたため、引継ぎにひと苦労です。いまだに解らない事ばかりで、女性事務員の方と奮闘しているところです。

また、2020年1月より親会社から、グループとしての2030ビジョン策定も言い渡され社員と相談し「社員一人一人が、強み弱みを明確にし、施工からメンテナンスまでの仕事がトータルで受注でき、健全な職場環境の中で、仕事とプライベートの充実感(幸福感)を持った会社になっている。」10年後のビジョン(方向性)を描き、新しい目標も設定し社員と一緒に奮闘しているところです。

私事ですが、令和元年の健康診断でメタボリックシンドロームと診断を受け、健康指導の保健師さんからダイエットの指導が手厳しくあり、スイッチが入り何とか1年間で体重を約7キロ減、腹囲は4cm減に成功しました。

今の会社は、自分で起業した訳では有りませんが、あっという間の3年でしたが、このコロナ禍の中、まだまだ新しい事に社員と一緒に挑戦し頑張って行きたいと思っています。

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東誠三友の会 鈴木信成様

作品タイトル: 「HPは小さく産んで大きく育てる」
人生100年時代の喜寿老人の挑戦

私は20年前から、クラッシックのピアニスト東誠三氏のファンクラブである「東誠三 友の会」をボランティアで運営している喜寿を迎えた老人である。 昨年は創設20周年で積年の課題である「友の会」HPの立ち上げをすることになった。立ち上げには「とりあえずHP」のSaaSが大きな役割を果たし老体に鞭打ってなんとか2020年2月にスタートすることが出来た。

しかしスタートしたのは文章と写真のみであり、実態は体裁が「とりあえず整った」というレベルであった。 検索エンジンで「東誠三友の会」を引いてみても随分と下の方に出てくる。SEOを考慮していないから当然である。実際にアップロードをしてみると色々な事が出来、自己満足に浸ることはあっても1カ月すると、さてどうやってPDFを張り付けたかな? Googleフォームの変更はどうやったっけ、と忘れてしまい、過去の貴社の担当者とのメールの遣り取りを読み直す始末。

一方でHPをもっと良くしたいという気持ちは増していく。東氏の弾くCDの音を入れたい、会員だけしか見れないページを作りたい、YouTubeに飛ぶようなレイアウトにしたいetc!etc!その都度「よくある質問」を見たり、直接貴社の担当者と連絡を取ったりと老人はボケる暇がない。

そうこうしている内にコロナ禍が始まり友の会会員にリサイタル公演の中止やそれに伴うチケットの払い戻し手続きの連絡等、年三回発行の会報では間に合わない緊急の連絡事項がドンドン発生してくる。やっている内にアップロードテクニックは身に付き始め「習うより慣れろ!」の格言に納得する。コロナ禍で東氏の演奏会の中止が続き、会報に掲載する演奏会模様の記事もネタ切れで、困っていた。

そんな時、東氏にエッセイの寄稿があり、著名な世界的ピアニストが主題となりその弾き方や音楽性を論評していた。早速YouTubeでそのピアニストを探し聴いてみると東氏の記述がまるでその場で語っているように活き活きと伝わってくるではないか。何とかこのYouTubeをHPにリンクを張れないかとトライしていく内に出来るようになった。

このなんでもないような発見が、現在の会報とHPの立体編集に繋がり、年三回発行される会報とHPをリンクさせ会員は検索エンジンを使わなくても直接HPから会報掲載の関連記事に飛ベるようになった。 また東氏のCDサンプルも聴け、過去の会報は全て会員専用ページから見れるようになっている。 現在のHPでは会員専用ページで直木賞を受賞した「蜜蜂と遠雷」の作家 恩田陸氏と東氏との対談記事も見れるようになっている。

お蔭様で今では平均月千件程度のアクセスがあり、クラシックアーティストのファンクラブHPとしては多くの且つ安定的なアクセス数と自負している。また、「東誠三友の会」を検索すればTopに現れるだけでなく、プロフィールや東氏に関することは殆どがまずHPが出るようになってきた。HPを公式にOpenしてこの2月で1周年を迎えるが、今では当HPは友の会にとって否、東誠三氏にとって、なくてはならない情報ソースとなっている。人生100年時代、喜寿を過ぎた老人でも何とかここまで出来るSaaSとしての「とりあえずHP」に心より感謝したい。

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アトリエシルバー・マウ 中島 淳子様

作品タイトル:手作り教室で得られるものはかけがえのないもの

広い世界を変えていくことなんか私にはできないけれど、身近なところで幸せを感じる人をひとり、またひとりと増やしていくことならできるかもしれない。

モノを作るのは楽しい。素材が膨らんで目的の形に変貌していくことを自分の手と頭で操縦していく、うまくいかないことだってある。さんざんやってみて結果昨日とちっとも変わらない時もある。まだまだだなと思わざるを得ない気分になる。でもその過程にそうだったか、と発見があり、新しいものが垣間見えたりする時がある。

日々の生活の中でのストレス、平凡な毎日、昨日と同じ今日、みたいな人に教えてあげたい。モノを作る楽しさを。モノ作りを頑張った時できあがるのはモノだけじゃない。ペタンコな自分の心の中が新品の羽毛布団のようにふわふわになってくる。ふわふわな心だと人に優しくなれる。あれ、人生って結構楽しいじゃん、って思ってもらう、いきいきする人を世の中に少しでも増やしていきたいってこと。それをコンセプトとして教室を始めた。

新しい生徒さん。最初は作ることでいっぱいいっぱいで話をする余裕がない人もいる。慣れてきてもあまり話せない人もいる。人の中にいるのが苦手な人だ。それなのにこういう場に飛び込んできてくれて本当にありがとうその勇気に感謝感激。作り方はもちろん指導するけど、それだけじゃない。そういう人には誰でも話に参加できるような話題をふる、天気のことや季節の食べ物や、家事のことなど。そこで口を開いてもらったらそこから広げてその人のカラーを少しずつみんなにアピール。今日はここまで、そう少しずつ。

どうしてお教室が楽しいのか、それはあなたとあなたとあなたがいるから。そう、たのしいと思って通ってくれる生徒さんの声や、できなかった生徒さんができるようになった時の笑顔が私のエンジンを可動させている。教室運営に生徒さんの力が多大にかかわっていることに感謝。作ること+それで人を一緒に幸せにすること。そこをやっていきたい。

課題もある。新型コロナによる人と人との距離。これはお教室にとっては本当につらいこと。そしてもうひとつYouTubeや動画投稿を誰でもがするようになったこと。習いに行かなくても検索して解決することが可能な場合もあるのだ。そういう時がきてしまったのだから時代の変化に合わせて自分も変わらなければいけない部分もあると思う。

今来てくれている生徒さんを大切に育てつつ、これからは作品販売も手掛けていこうと思う。さっそく試しに期間限定の販売イベントやレンタルスペースに置かせてもらったりもしたがこれがなかなか思う様に売れない。世間はどういうものを欲しがっているのか、それともPCに画像を載せて販売するより実物を手にとってもらってという感覚が古いのか・・。上達した生徒さんも巻き込んで販売ビジネス的な方向にも進むことはできるのだろうか。これから研究していかなければならないことは山ほどある。

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アートフラワー 染布花 アトリエ SOA 石田 香代子様

作品タイトル:変わらない計画

とりあえずHP関係者の皆様いつもお世話になっております。

私は長年医療従事者として働き、定年後は染花のアトリエを開き教室を持つことが夢でした。

定年前から、少しずつ少しずつ準備を始めやっと昨年本腰を入れようと思った矢先、世界中がコロナ感染で信じられない現実に直面しました。

当然、教室でのレッスンは休まざるを得なく、まだ再開はしておりません。甘く考えていたのか・・・。うまくいかないものだな、、、。閉めたほうがいいのかな・・と落胆しておりました。

ところが、オリジナル人形の実用新案所得後ですが、こんなコロナ状況のタイミングに商業登録が届きました。

開封した瞬間、SOAが誕生した瞬間でした。

私のオリジナルが認められた、嬉しい、本当に嬉しい。なぜか想像以上に感動が胸の中が一杯になりました。
改めて、この為に今まで頑張ってきた事を思い出し、アトリエの中の作品を見渡しました。もう、落ち込んでいる場合ではない、こんな時の為に花や人形を作ってきたんだと一変に目が覚めた思いでした。

レッスンが出来ないのなら、いい作品を作る製作時間とし、家賃が払えないのならバイトをしたらいい。とにかく今までの計画を進めていかなければいけないと新たに強い決意となりました。
幸い、看護師の知り合いからバイトの声がかかり、現在は看護師のバイトと作品づくりの日々を過ごしております。

そして、この厳しい状況の中、HPはまだ初級レベルではありますが、私のHPを見て「こんな時だからこそ作品をお願いしたい」と国内外への展示会への依頼があり、今は出来る限り参加をさせていただいてます。
そして、一番嬉しかったことは、コロナでレッスンが受けられない生徒さんより「いつも、先生のHPを見ています。先生ががんばっているのでとても嬉しいです、コロナが落ち着いたら一杯花を作りたいです。」とメールが届きました。

自粛生活で、辛い日々の中でもHPは私の思いをしっかり届けていることを確信し、私自身を成長させてくれました。
ありがとうございました。

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アモーレミオ 森本 みどり様

作品タイトル:長期自粛期間に取り組んだこと

私の住む周南市は、2003年4月に徳山市を含む2市2町が合併し発足しました。
時を同じく、私はこの周南市でスナック「アモーレミオ」を開業し、町と共に歩んできました。

そして17周年を迎えた2020年4月4日。
この頃、世の中では新型コロナウイルスが国内でも猛威を振るい始めた頃で、当時、国内でのコロナウイルス感染者は3,000例弱。
まだ感染者が出ていない周南市内の当店も、その影響は着実に来客数激減という形で表れていました。

周南市は「えんとつ町のプペル」のモデルとなったコンビナートの工場の町でもあります。
そんな多くの企業の「接待を伴う会食」や「団体行事」等の自粛ムードが漂う中、毎年春は歓送迎会や花見で忘年会並みに賑わう季節のはずが、この春は当店での団体客のご利用は皆無となりました。

それでもまだ感染者の出ていないこの町では、常連様が17周年のお祝いにかけつけて下さり、素敵な周年を過ごすことが出来ました。
周年の粗品は、この頃入手困難だったマスクと消毒ハンドジェル。
近所のドラッグストアにもどこにもなかったマスクをネットでようやく見つけて調達。
1枚100円近くしたものの届いてみると海外製の粗悪品、それでもお客様には大変喜ばれました。

そしてその翌日、幸せ気分は一転。
この町にもとうとうコロナウイルス感染者が出てクラスターが発生しました。
周年は数日盛り上がるものと見込んでいましたが、葛藤の上自主休業の判断を下し、そしてその10日後には緊急事態宣言発令。
接待を伴う飲食店の休業要請前からの自主休業を含め、自粛解除までひと月もの休業をする結果に至りました。

この長期自粛期間に取り組んだこと。

マスク入手困難で仕事で大変困っていることをお客様から伺い、マスクを作るため手芸店に行くと朝から駐車場は満車状態。
ガーゼ生地、マスク用ゴムが全て売り切れの中、代替品を探し、ソーシャルディスタンスを取りながらレジに並ぶも、最後尾はお店の端まで続きます。
皆マスクが無くて困っていることを肌で感じました。

手作りマスクを必要な方に無料配布を始めるものの手縫いでは数が追い付かず、ミシンの購入を決めましたが品薄状態。
ミシンが届いて大量のマスク作成が可能になった頃には、注文していたマスク用ゴムもやっと届きました。

同じく、手に入らなくなっていた消毒液。
塩水を電気分解して次亜塩素酸水を作る機器で消毒液を作り、お客様や従業員、同業者に配布。
安全でないものは差し上げられないので、「次亜塩素酸水試験紙」を購入し、しっかり濃度ppmを確認してから配布。
自己満足かもしれないけれど、少しでも困っている人様のお役に立てることが出来ればとの思い。ただただそれだけ。

自身の身辺整理にも取り掛かりました。
長い間に溜まったもの、無造作に閉じ込めていたもの、使わなくなったもの、全てをチェックし断捨離をしました。

ものをひとつ手放すことでそこに新たな空間が出来て、新しい何かを得る機会が出来る。
執着心を手放せば、新たな出会いや一度は手放したものとの再会が出来るかもしれない。

もの。こころ。
ひと月にも及ぶ断捨離は、私の中の人生観や物事の価値を大きく変えました。

開業当初からずっとお店のホームページを作りたいと願いながら、長い月日が経過。
長期休暇を利用して置き去りにしていた小さな夢を叶えてみようと思い、その時に出会ったのが「とりあえずHP」でした。
今まで色々なHP作成ツールに手をつけては挫折の繰り返しでしたが、これは私にとってはとても使い勝手と相性が良く、こうしてオフィシャルサイトを立ち上げる夢が叶いました。

他ブログサイトに簡単リンク機能もついていますので、これを機会にブログも始めることに。
これらを作ったことで、地域の飲み屋情報サイトにも当店を取り上げていただきました。

緊急事態宣言解除後、感染予防対策万全に営業開始するも、開けても閉めても地獄のような日々が続く中、一見様がご来店。
ホームページを見てご来店されたようです。
その後もこのようなお客様が着実に増えてきています。

ひと月もの長い自粛期間にやり遂げたことがこうやって現実に結果として現れたこと。
長い自粛期間中に考えさせられたこと、気づいたこと、成し遂げたこと。
そのどれもが無駄ではなかったことを今改めて感じています。

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小料理ひさと様

作品タイトル:料理人として。

「HP見て電話したんですけど」
「HPに載ってる料理のことで…」
などなど、ホームページを立ち上げて、徐々に問い合わせが増えてきました。

もちろん最初の頃はアクセス数も少なく、アクセス解析をよく見た物です(笑。

ホームページを作ろうと思ったきっかけは、立地の悪い当店の店舗、それでもなんとか常連さんに支えられ、それなりに続けて来れたのですが、新規顧客の獲得努力をせずにいたツケがまわり、一時期は「廃業」の文字さえ浮かぶほど売り上げが減少。
焦りました。

仕出し料理、需要があるんじゃないかと思い、チラシを作っては配りの繰り返しで、徐々にお客様は増え、お弁当やオードブルの注文も増えてきました。
ただ、宣伝広告費用にも限度があり、決して安い物ではありません。
個人店には限界があります。
もちろんホームページも作りたかったのですが、それも高額なもの、と思っており、
「どうせうちみたいな小さなお店には無理」
と思ってました。

そんな時、どなたかのブログで「とりあえずHP」のことを知り、これなら!
で、今に至ります!

決してフル活用とまではいきませんが、もはやお店の顔です。
ホームページは企業の顔、本当にそう思います。
もちろん、ホームページを作ったから繁盛する、そんなことはありません。お店の店舗と同じように、ホームページを育てていかなければいけないと考えます。
そこが難しんですけど…

で、今は動画にチャレンジしています。
通常業務をこなしながらなので、なかなか簡単にアップとはいきませんが、時間をかけてやってみようと思います。

去年、そしてまた今年と、緊急事態宣言発出で店内での営業を休み、仕出し料理、お持ち帰り料理のみで営業をしております。(1月17日現在)
「コロナで憂鬱になるけど、美味しいものを食べると幸せになれるね!」
お弁当を注文して頂いたお客様のお言葉です。

「大変やろうけど頑張ってくださいね!」
「営業再開したら連絡してね!」
など、たくさんのお客様から温かいお言葉を頂きます。
こんな自分でも、世間に貢献できてる?
料理人冥利に尽きます。

数年前、店がピンチだった時もそうですが、今回のコロナ騒動も、「ピンチはチャンス」ピンチな時こそアイデアが出たり、いつもより踏ん張れたり出来るものと信じて、今出来る事、今だから出来る事をしっかりやり続けたいと思います。

料理人として、美味しいものを作る!
さて、この料理をどうやって皆さんに知ってもらうか?
まだまだ迷走は続きます…

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京進工業 岩谷優樹様

作品タイトル:想いを込めた看板づくり

あなたはどんな看板を想い描きますか?

私たちの仕事は外構工事の設計•施工をしております。
外構工事?聞き慣れない工事名で何の工事?何の設計?という方が多いのではないでしょうか?

私達の仕事を簡単に説明しますと『お庭づくり』が一番わかりやすいでしょうか?
皆さんが想像される「お庭」といえば、和風庭園を想像されるのではないのでしょうか?
お客様との会話でこんなお話があります。

客「お庭づくりかぁ、私の家にはお庭無いので頼める仕事無いわぁ〜」
私「ちょっと待ってください、他にもやってるんです!」
客「なにやってるの?」
私「ガレージの屋根とかウッドデッキとか、ブロックやレンガを積んだり、花壇や壁なども作りますよ〜!」

このような会話をして、仕事の内容を理解してもらうこともありました。
そういった事から、仕事内容もわかる看板づくりを計画しました。

まずは看板の大きさから、うちのお店はバス停と大通りに隣接しているので、看板全体の大きさは横二メートル、縦一メートルでも目に入りやすく、この大きさに決定しました。
屋号(京進工業)のロゴマークを左側7割分に配置し、残り右側3割分にキャッチコピーを入れる事にしました。
ロゴマークは、筆文字の先生にデザインして頂いたもので、主に居酒屋などの看板やメニューを手掛けておられ、屋号の京進工業も居酒屋メニューで見るような筆文字で扱ったものになります。
京進工業の京は赤色で、全体的に丸みを帯びており、残りの文字は黒色になります。京進工業の文字の左横に門柱のイラストを書いて頂き、そのイラストは水墨画で描いて頂きました。
完成したロゴマークは素敵で可愛らしさがあります。

次にキャッチコピーを考え、色んなアイデアがある中、「外構とお庭づくりのお店」で決まり、背景はお庭をイメージした水墨画を描いてもらいました。
上に描いたキャッチコピーの下には検索エンジンをモチーフにした水墨画を描いて頂きました。看板全体の下部には外構工事の特徴を捉えたイラストを8点、水墨画で描いて頂きました。
イラストにした理由は、子供達にも見てもらいたく、仕事内容がわかりやすく、長く見てもらえるようにしたかった。
その各イラストの説明に工事名称を書き足し、よりわかりやすくしたかったが、例えばアプローチと書くと、理解出来る人が少ないので、あえて英語表記にした。
英語表記にすることで、イラストをみて想像してほしく、同時に仕事内容を理解してほしかった。

バス停に隣接しているお陰で、看板の前にはたくさんの方に目を通してもらえております。
皆で工夫を出し合いできた看板、想いが詰まった看板。
是非、これからも多くの人に見てもらいたいです。

最後に、どんな看板を想像して頂けましたか?

私達の看板はこちらになります。
kyosinkogyo.com

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混声合唱団AMUSE 濱野 裕貴子様

作品タイトル:合唱を止めるな!
「オンライン」で価値ある練習を模索した日々

私たち混声合唱団AMUSEは、東京都武蔵野市を拠点に活動する、創立8年目の社会人合唱団である。年1回の定期演奏会を目標に、仕事や家庭で忙しい中でも、歌うことを楽しみ練習を重ねてきた。

2020年1月下旬。半年後(7月4日)に迫った第4回定期演奏会に向けての練習を本格化させた矢先、じわじわとコロナが流行し始めた。2月末には遂に練習に使っていた公共施設が次々と閉鎖され、集合練習が難しい状況に。開いている貸しスタジオを探して、集まれるメンバーだけで感染予防しながら細々と練習を続けたものの、3月に入ると国内外で合唱団のクラスターが発生。合唱そのものにも、どんどん世間の逆風が吹いてきた。そして遂に4月7日、東京都に緊急事態宣言が発出され、集合練習を再開する見込みが絶望的に…。当然、第4回定期演奏会の見送りを決断せざるを得なかった。

メンバー全員が活動の目標を見失い、意気消沈した。どれだけ続くかわからないコロナ禍、世の中の陰鬱な雰囲気も相俟って、このままではAMUSEが自然消滅してしまうのでは、そもそも呑気に歌なんて歌っている場合じゃないのでは、という絶望的な気持ちにもなりかけた。

でも、団長をはじめとする運営委員と、団の音楽的な柱であるコーラスマスターが立ち上がった。「ここで負けたら終わりだ、こんな状況だけどできることは必ずあるはずだ、いつか必ず定期演奏会をしよう、そのために活動を続けよう!」という思いから…。

「やれることは何でも試そう」ということで、Zoomを使ったオンライン練習を企画し、6月から月2回の頻度で続けてきた。メンバーの多くが中高年。オンラインなんて、やったことはおろか触ったこともない、苦手意識のある方も多かった。しかし、何とか練習を続けたいという一心で、みんな頑張って取り組んだ。

オンラインだと音がずれるので、ハーモニーの練習は不可能。そんな制約の中、何ができるかを考えた結果、呼吸や発声練習、楽典など、今まであまり時間を割けなかった基礎固めの練習メニューを組むことにした。曲を歌う時はミュートにするので、他の人の声と合わせることはできないが、それでも、実際に会うことができない状況で、オンラインでもメンバーの顔を見ながら歌う楽しさや嬉しさは、何物にも代えがいものだった。

また、副団長ふたりが「オンラインスナックAMUSE」を開店。団員同士の繋がりがなくなってしまわないように…との思いから、月末の金曜の夜に、「いつでも入って来てね」と、仮想スナックをオンライン上に開いた。ドリンクを片手にAMUSEの今後について語り合ったり、推しの曲を持ち寄って聴いたりして、楽しく過ごす時間となった。

こんなふうに細々と活動を繋いできて、感染者数が少し落ち着いてきた10月。常任指揮者のS先生と今後の活動について相談の結果、いよいよ12月に、リアルの場でS先生の対面指導が再開できることになった。その日を目指してオンライン練習を重ね、遂に12月20日、S先生とピアニストのA先生をお迎えしての対面指導練習が実現! 各家庭や仕事上の制約があり、メンバー全員が揃うことは叶わなかったが、実に9か月ぶりにAMUSEとしてハーモニーを作ったときは、しみじみと感慨がこみ上げた。練習参加者が口々に言ったこの言葉が胸に響く。「やっぱり合唱は楽しい!」。

2021年1月15日現在、コロナ感染者数はうなぎ登りに増えてきている。せっかく再開した集合練習も、またオンラインに切り替えざるを得ない状況に逆戻りしてしまった。でも、私たちは決して合唱を止めない。2021年中に何らかの形で演奏会を開催することを目標に、決して諦めずに活動を続けていく。

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毛豆菜園 緑八(みどりや) 鈴木 正美様

作品タイトル:突然届いた一件のメッセージへの恩返しです

今日は1月16日の土曜日。コロナウイルス感染者が全国で7000人を超えているニュースが流れています。つい先日の大寒波で野菜の高騰があり、寒波の前は野菜が豊作で安値のために野菜を市場に出荷することなく廃棄している農家さんがたくさんいました。

SNSでは農家さんの野菜をネットで販売している大手の仕入れ業者もいます。農家さんのために頑張っている仕入れ業者もいるものの、多くの飲食店が休業や閉店に追い込まれ野菜の行き場がなくなっているのが現状と思われます。

なぜこのエピソードを書こうと思ったのかをお知らせします。このエピソードは当初全く書くつもりもありませんでした(一件のメッセージが届くまでは)。昨日突然、インスタのメッセージに数枚の写真が送られてきました。その写真とは毛豆のラベルに使用できる写真です。昨年、川崎市で毛豆を販売してくれた販売店の方からです。私は今年から毛豆のラベルを全国統一しブランドにしようと試行錯誤していました。それがなかなか上手く作れないのです。それを察して頂きお忙しい中ラベルを作ってくれたのです。

さかのぼること4年前、私は毛豆を本格的に生産し販売を始めました。とは言っても生産量はわずかなものでした。2年前から地元の直売所にも野菜を出荷するようになりました。しかし、当時は地元の直売所に野菜を出荷しても生産者同士の価格の値下げ合戦をしている状態でした。その状態は今でも続いています。バックヤードには廃棄の野菜がコンテナに入っていて、安くしなければ売れないものかと考えることも度々ありました。一年目に思ったことは直売所に出荷しても儲からないです。

次の年から私は野菜の値下げ合戦には参戦しないことに決めました。もちろん主役の毛豆を安値で販売することは絶対にしないと思った年でした。あえて毛豆を他の生産者より高い最高値で出荷しました。そのために何をしたかというと、独自のラベルを貼って販売したことです。ただ単に「美味しい毛豆」というラベルではなく、消費者の目に留まり手に取ってもらえるラベルを目指しひたすら考えました。そこで思いついたラベルは「わの毛豆」。あえて津軽弁のフレーズで勝負してみました。意味は私の毛豆。自分が自信をもって生産したとの意味も込めています。今では直売所で最高値の「わの毛豆」は完売するまでになりました。そのラベルをリニューアルしている過程をインスタで知って送ってくれたラベルを私は一瞬で気に入りました。文字の大きさなどこれから少しずつ修正してくれると言ってくれましたが、本当に甘えていいのか考えました。でも、写真を送ってくれたご厚意に感謝し使わせて頂くことにしました。このご時世にも関わらず、このような親切な方がいるということに感慨深い気持ちです。

毛豆を通じて今まで何人の方と出会っただろうか。今まで出会ったたくさんの方がいてこその毛豆菜園です。今年からは「わの毛豆」で勝負しますよ。「お礼なんていりませんよ。」と言ってラベルを作ってくれた方のためにも2年後、3年後には一人でも多くの皆さんに周知されるように頑張ることが私からのお礼であり恩返しです。倍返しだー!

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つばくろ国際行政書士事務所様

作品タイトル:積み重ねたホームページ、気づけば私の宝物

私は、2019年4月に行政書士事務所を開業しました。金なし、コネなしの行政書士・・・しかし、小さいながらも自分の事務所を持つという一国一城の主となったのだから、ホームページ(以下「HP」と呼ぶ)でも作成するかという気持ちで出会ったのが「とりあえずHP」でした。

行政書士の業務範囲は広いので、HPに何を掲載したらよいのか、試行錯誤すること半年、ようやく自分の専門が見つかりました。それは、外国人の在留資格の手続や帰化申請のサポートつまり国際行政書士になる事でした。

2019年の11月に事務所名も「つばくろ国際行政書士事務所」と改め、HPも国際業務専門のページへとリニューアルしました。それからホームページ作成の勉強をし、とにかく私のHPが辞書になる事を目標に、学んだ事はHPに落とし込むことに専念しました。

そうすると成果は早くも現れ始め、国際結婚したので外国人配偶者を日本に呼び寄せたいとの問い合わせが2件ほどありました。1件目は、若い女性からの問い合わせで、パキスタン人の夫と日本で暮らすため結婚ビザの申請をしたいとの事でした。それは遠くパキスタンからの連絡でした。自分のホームページがパキスタンで閲覧されて国際電話で問い合わせがあった事にとにかく感動しました。ただ、この案件は、当時まだ条件が揃わなかったので保留ということで終わりました。

もう1件は、60歳代の日本人男性からでフィリピン人の妻と日本で暮らすため結婚ビザの申請をしたいとの事でした。国際行政書士として初めて担当した案件でした。順調に回転し出した2020年でしたが、3月に入ると雲行きが怪しくなりました。新型コロナウイルスの流行により、外国人の入国制限がかかったのです。国際行政書士としては大きな痛手でした。問い合わせはなくなり、不安な気持ちになりました。しかし、ここで立ち止まるわけにもいかないので、検索エンジンに評価されるため、とにかく記事を書き込み、閲覧者の立場にたって見やすさを調整し、さらに他事務所とは明らかに違う特長をHPに表現しました。

すると夏頃から問い合わせが再び増え始め秋から国際行政書士として業務が回転し出してきました。そして、12月、嬉しい出来事が2つありました。最初の問い合わせのパキスタン人の結婚ビザの案件。条件を揃えて無事に12月に申請ができました。また、国際行政書士として初めて申請をしたフィリピン人女性の案件。コロナの関係で入国できずにいましたが、12月の後半に入国できますと日本人配偶者から電話がありました。両方とも私のHPをきっかけにして生まれた嬉しい出来事でした。

試行錯誤を繰り返して約1年半、積み重ねた私のHPは、気づけば私の宝物になっている事に気づきました。今でも最低1時間は目を通し、記事の追加や修正、そして新しいHP作成にも挑戦しています。私の宝物はこれからも進化していくことでしょう。

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田園工芸 小林 竜様

作品タイトル:オンラインからの仕事で人々と繋がります。それが社会貢献になります。そして自信にもなります。

私たち田園工芸は、障害者総合支援法が規定している就労継続支援B型事業の社会福祉施設をやっています。皆さんがお住まいの街にも、障がい者の方々が通う「地域作業所」という場所を聞いた事がある方もいると思います。

その「地域作業所」が田園工芸のやっていた元々の始まりです。田園工芸では、お仕事などをする「メンバー」がいます。それを支援する職員がいます。メンバーと職員が力を合わせて色んな仕事に挑戦してきました。

その中で、2020(令和2年)年4月7日に新型コロナウィルスに対しての「緊急事態宣言」です。それによって田園工芸のお仕事が殆どなくなりました。田園工芸では、施設内でお掃除グッズや装飾品やアイデアグッズなどを製作して自主製品として販売しています。まず「緊急事態宣言」で自主製品の地域のバザーなどの販売先がほぼ全滅しました。そして田園工芸が得意としている印刷製本の作業も無くなりました。施設外では今までやっていた社会福祉の機関や高齢者のディサービスのフロアなどの清掃と草刈が仕事で残りました。ポスティングも半分以下になりました。

メンバーの方々は、働く事で工賃(一般のお仕事で言えば給与)をもらっています。緊急事態宣言によって工賃が右肩下がりで減ってきます。しかし、本当に決まった固定客が自主製品を購入してくれるなどの収入しか入ってきません。その中で、行政からメンバーの工賃を補償するガイドラインが示されますが、先行きは暗かったです。その中で職員とメンバーは様々な話合いを重ねました。話合いの中で一つヒントがありました。2019年に自主製品の販売促進の一環として始めたインスタグラムです。皆さんも御存知の通り、インスタグラムは写真に特化しています。オンラインとして最たるものはホームページです。そこでコロナ禍では制作会社を探してやった方が良いということで「とりあえずHP」との出会いです。

「とりあえずHP」ではおまかせプランを選択しました。メンバーの方と打ち合わせてホームぺージに載せる内容を決めていきました。そして「とりあえずHP」のスタッフの2人の方と打ち合わせをしました。1人のスタッフの方は私から田園工芸事業内容などの聞き取り、もう1人の方はホームページを作成する意味を教えてくれました。田園工芸の聞き取りは、自分が職員をやっていて「こういう事を考えていたんだ」と気づかせてくれることが多かったです。

もう1人のスタッフの方からの私への言葉で「日本は中小企業が支えています。その中小企業を支える一つのツールとしてホームページを活かしてほしい」と言った事が印象に残っています。そこで2人のスタッフの方々が田園工芸のオンラインの「カタチ」にしてくれたのが、田園工芸のホームページだと思います。しかし、もっと言えば2人のスタッフの方が「カタチ」にしてくれたのは、メンバーの方が田園工芸でやって来た「実践」です。それがオンラインからの仕事で人と繋がることで、社会貢献となり、自分達の自信につながる事だと言えます。「とりあえずHP」ができたことにより田園工芸の新たなスタートが始まります。

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Pace様

作品タイトル:もうすぐOpenして20年

住宅地の中・・こんなところに美容室が?

長年住んでいるのに気が付かなかったわ。

Openして20年近くになりますがいまだにそのようなお声を聴きます。

Openした頃は子供はまだ小学校低学年。

外の美容室に勤めておりましたので、子供が学校から帰ってきた後、かぎっ子になってしまうのが気になることと、難しいお年頃になったらどうなんだろうと。

そして自宅を改装しての小さな美容室。

美容室ってどこか華やかで・・お洒落で・・
やはり繁華街の方がいいよね。。
そんな気持ちもある中、なんか地味?(笑)
これじゃあオバサン美容室だな?(笑)

Open当初は、以前いた美容室のお客様、ご近所の方・・
まだまだあまりたくさんのお客さまではありませんでしたが。
今までの年月からいろいろと思想を変えたりして、経験を積み重ねての今のスタイルになりました。

お客様のご意見から・・。
当初3面あったセット7面も、一つは若いころ得意としていたエステコーナーに。

何かとお疲れの方、エイジングケアが必要となってくる方に必要なメニューを考えてみたり・・
ヘッドスパをもちろん新たに勉強をして取り入れてみたり。

小さなお店だもの、お1人ずつゆっくりしていただきたいですものね。
予約制で完全貸し切りにしてみたり。

時代と共に変化してしまう美容業界だけれども・・
あえて、日本の文化を残していきたいなと、着付けにもがんばってみたり。

こうしてお客様方のお声などからお客方とお店を作り上げてきたような感じです。

長年の美容師としての経験から、本来ずーっと昔は、このように地域に密着して、お客様方の生活に密着しての美容室だったはず。

それが時代の変化とともに変わってきていますけどね。
それも一つとして大切なことではありますが。

このような昔ながらの思想での美容室も必要かなと。

地域の方々の美容の駆け込み寺?
みたいな?(笑)

そんな美容室ではありますが、コロナウイルスに悩まされている中・・。

このスタイルでよかった・・と思う日々です。

これからも、お客様方と歳を重ねて、この美容室だからこそできること。
より進化していけたらうれしい・・
そんな美容室です。

こちらのHPも今までは他で作っていたのですが、
今年になって新たにリニューアルのつもりで利用させていただいたばかりです。
まだ作ったばかりではありますが、
このHPもより良いものへと進化したいと思っております。

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LUMIRISE 久保田 貴子様

作品タイトル:現像写真の思い出を新しい形にして後世に残したい

「現像写真の思い出を新しい形にして後世に残したい」
ルミライズの想いはそこから始まりました。

2019年6月 企画運営・事務代行サービスとしてLUMIRISEを開業しました。しかしコロナの影響で働き方は大きく変わり事務代行サービスは需要が薄くなり、それに伴い事業を動画制作へと移行させました。

動画制作をしようと思ったのにはきっかけがあります。
今年の夏 友人を突然死で亡くしました。彼は子ども達の育成を目的としたボランティア活動で出会いました。
実は彼は脳性麻痺で四肢が自由ではなかったけれど、キャンプや山登りも一緒に行きました。
障害を理由に『出来ない』や『やらない』選択肢を選ばない人で、常に前向きなチャレンジャーでした。
子ども達もそんな彼から学んだことが多かったはずです。

彼は両親と離れて暮らしていた為に、ボランティアでの活動の様子などを見せた事がありませんでした。
仲間から写真や動画を集め編集し、彼が好きだった思い出の音楽を付けて一枚の動画アルバムを作成しご両親へ届けました。

写真はフィルムを現像する時代からデジタルの時代へと大きく変化しました。
今回の彼の思い出の動画アルバムを制作する時にもたくさんの現像写真を使いました。
その事がきっかけで、現像写真の思い出を新しい形にして後世に残す事業を始めました。

現像した写真は時が経つにつれて劣化をしてしまいます。
現像写真が傷んで見えなくなってしまう前に、デジタル化をして音楽を付けて短編映画のような動画アルバムを制作することで過去や今を未来へ繋ぐことが出来ると思ったのです。

現在は動画アルバム制作の他に思い出タペストリー制作も新たに加えました。
昔は柱に身長を図った傷をつけ、成長の記録を残しました。
時代は流れ柱となる構造がなくなったり、賃貸で残すことが出来ない事情があります。
お宮参りに七五三・入園卒園・入学卒業・成人式・結婚式お子さんの成長の節目を柱の傷の代わりにタペストリーで成長の記録を残そうと考えました。

思い出タペストリーの試作を娘の七五三の写真で作成しました。
試作が上がって初めて手にした時の感動が今でも忘れられません。
コロナで遠く離れたご家族とも会えない方もいらっしゃいます。
初孫や七五三や成人式の姿をタペストリーに残し、遠く離れたおじいちゃん おばあちゃんへのプレゼントとには最高だと思っています。
さらに制作側もアマチュア写真家やカメラが趣味のママさんに登録カメラマンとして撮影をしてもらうことで、経験と収益化を提供することも出来ます。

これからもたくさんの方の思い出に寄り添いながら、過去と今の思い出を未来へ繋ぐお手伝いをしていきます。

長文を読んでいただき、ありがとうございます。

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審査員長総評

とりあえずHPエピソード大賞 審査員長 佐野 彰彦
とりあえずHPエピソード大賞 審査員長
佐野 彰彦

「とりあえずHPエピソード大賞2020」へご参加いただき、誠にありがとうございました。また日頃から「とりあえずHP」を支えていただいている全てのユーザー様にも重ねてお礼を申し上げます。
この一年を振り返り、まず私自身が強く感じたのは、「いつどうなるかは誰にもわからない」ということです。ひとつの出来事がこれまでの「当たり前」を変えてしまうこともある、ということを、誰しもが体感する一年だったように思います。
今回で6回目を迎えた本アワード。このような社会情勢の中で開催することが、本当にみなさまの応援につながるのだろうか、ご負担をおかけするだけにならないだろうか、開催に際し、様々な葛藤がありました。しかし、このような時だからこそ、日頃から積み重ねてきたことを止めることはせず、私たちにできることをしっかりと継続していこうと考え、エピソードを募集させていただきました。
結果、私たちの想像を遥かに超える、素晴らしい作品をたくさんお寄せいただきました。審査員一同で、全作品を拝読させていただきました。代表してお礼申し上げます。
一つひとつのエピソードからにじみ出てくる皆様の姿から、社会環境は変わるものだけれども、根底にある想い、人生そのものともいえる真摯な取り組みは、いつの時代においても「変わらないもの」だということを知りました。
本来、ひとつひとつのエピソードに私たちが優劣をつけるべきではなく、またそのような立場でもないことは承知の上、大変苦しみながら、作品を選ばせていただきました。受賞作品は、本アワードのコンセプトである「あなたのがんばりを栄誉に変える。」という視点から、「想いだけではなく、具体的な挑戦、実践のプロセスが描かれていること」を評価させていただきました。
受賞された方、本当におめでとうございます!
また応募くださった方、日頃よりとりあえずHPをご利用いただいているユーザーの皆様、そして、私たちの活動に多大なる協力をいただいている協力会社・パートナーの皆様、すべての方にこの場をお借りしてお礼申し上げます。
私たちは、小さくても素敵な挑戦を、これからも精一杯支援していきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

審査員の紹介と審査風景

以下4名の審査員により、審査を行わせていただきました。
お寄せいただいたエピソードはどれも素晴らしく、じっくりと拝読させていただきました。
※最終審査会は、新型コロナ感染対策のため、現地審査員・スタッフはマスク着用のうえ、
審査員1名はオンライン参加の形で実施いたしました。

佐野 彰彦

とりあえずHPエピソード大賞 審査委員長
株式会社それからデザイン代表取締役

yuka_shimada

島田 由香

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長
Team WAA! 主宰
YeeY Inc. 代表
Delivering Happiness Japanチーフコーチサルタント
Japan Positive Psychology Institute 代表
米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®トレーナー

磯木 淳寛

一般社団法人picobirds代表
房総メディアエデュケーションプロジェクト発起人

marinaseo

瀬尾 麻梨奈

株式会社それからデザインスタッフ

ご応募ありがとうございました!